プラス1℃の恋人
「千坂主任」

「ん? なんだ」

「私、けっこういい女だと思いませんか?」

 千坂はきょとんと目を丸くしたあと、腕を伸ばして青羽の頭をぐしぐしと撫でた。

「ああ、おまえはいい女だ!」

 とても無邪気な満面の笑みに、青羽はくじけそうになる。

 ……ああ、もう。

 カウンターにジョッキを置き、ことん、と頭を千坂の肩に乗せてみた。
 千坂のにおいがする。

「部下じゃなく、恋人になりたいです」

 思い切って口にしてみた。

 千坂は黙って、ビールのジョッキを置く。
 そして、仕事の相談を受けたときとまったく同じように、「それは難しい問題だなあ」と、ひとこと告げた。

「……なんで?」

「なんでって言われてもなあ。俺は10も年上だし、おまえほどの女なら、もっといい相手がいるだろう」

「そっかあ。そうですよね」

 体を起こしてにっこり笑って見せると、千坂はあからさまにほっとしたような顔をした。
 なんか傷つく。

「すみません、変なこと言って。ほら、あれですよ。商談がうまくいって、気分が高揚していたというか」

「じゃあ、いまのは聞かなかったことにしてやる」

「ありがとうございます」

 笑おうと思ったけれど、笑えなかった。
 そのかわり、涙が浮かんできた。

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