プラス1℃の恋人
 射抜くように、千坂の瞳を見つめる。

 千坂はしばらく無言だったが、諦めたようにため息をつくと、青羽の体をやさしく引き寄せた。

「わかった。でも、部下と付き合わないってのは俺の信条なんだ。だからそれ以上のことは期待するな。それから、絶対に会社を辞めたりするなよ。恋愛がらみで退社する女子社員ってのは、意外に多いもんなんだ」

「大丈夫です。仕事は仕事で割り切ります。いままでずっと部下としての私を見てきたのに、信用できませんか?」

 その問いに対する答えはなかった。
 代わりに熱い唇が降ってくる。

 千坂のキスはとても甘く、傷ついた心をほぐすように、優しく包みこんでくれた。


「なんだか、千坂主任とキスをするの、初めてじゃないような気がします」

 自分でも不思議だったが、なぜかこの唇を覚えている。
 すると千坂は、今度こそ困ったような顔をした。

「じつはお前が熱中症で倒れた日な、あれだけじゃ終わらなかった」

「え?」

「俺も暑さでおかしくなっていたんだろうな。つい、こんなふうにおまえを押し倒してしまった」

 いきなり千坂が覆いかぶさってきて、ふたりの体が革張りのソファの上で弾んだ。
 狂おしく唇を重ねられ、息もできない。

 噛みつくように口内をむさぼられたあと、ようやく千坂は唇を離した。

「今度は吐くなよ」

 甘いシチュエーションに似つかわしくないセリフで、青羽は思わず吹き出してしまう。

「主任ってほんとに嘘つきですね。私が下着姿で寝ていたのは、不可抗力だったって言ったくせに」

 すると千坂は、指先で鼻にチョンと触れたあと、親指で唇の輪郭をなぞった。

「不可抗力だろうが。目の前にセクシーな女がいるんだぜ? 誘うような格好で馬乗りされてみろ。キスだけで済んだのが奇跡だ」

「今日はキスだけじゃ許しませんから」
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