プラス1℃の恋人
 千坂は、社内恋愛をしない主義だ。

 いまのご時世、婚活でもしない限り職場以外での出会いなど皆無なのだが、それでも社内で相手を探す気にはなれなかった。

 ずっと昔、同じオフィスで働いていた恋人に手痛く裏切られたことがあるのだ。

 女というのは、かわいくてずるい生き物だ。

 そうだ。万が一手を出して、責任を取れなんてことになったら厄介ではないか。
 須田は魅力的な女性だが、社内恋愛をしないという主義は曲げられない。


「大丈夫か?」

 須田の肩を優しく掴んで自分の体から引きはがし、つとめて紳士的に尋ねた。

 異常なほどの体の熱さに、やはり熱でもあるのだろうかと額に手をあてる。
 すると、「あぁん」と切ない声を出しながら、ふたたび須田が千坂の手を掴んできた。

 ――やめろォォォ!!

 真っ赤に上気した頬、潤んだ瞳、誘うように半開きになった魅惑的な唇。
 タンクトップからちらりと見える胸はほどよくボリュームがあり、千坂の目の上でゆらゆらと揺れている。

 服を着ているときはわからなかったが、須田はじつに千坂好みのスタイルをしていた。

 頭のなかの理性が、本能に浸食されていく。
 空いている左手が「ちょっとくらい触ってもいいんじゃないか?」と誘いの言葉をかけてくる。

「ダメだダメだダメだーーーー!」

 残っている理性を総動員するが、五感のすべてが欲望に支配されかけていた。

 須田は上半身を起こし、千坂に向かってにっこりほほ笑んだ。
 そしてもう一度覆いかぶさり、首筋にスリスリと頬をこすりつけてきた。

 甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 その瞬間、千坂の理性は吹き飛んだ。
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