愛し君に花の名を捧ぐ
 さきほどリーリュアをここまで連れてきた兵士が入室し膝をついて頭を垂れる。

「陛下がお待ちです。皆様には広間までお越しいただきたいとの仰せにございます」

「この子たちもですか」

 王妃の指が痛いほどリーリュアの肩に食い込む。
 兵士は頭を下げたまま「皆様で」と繰り返した。


 王妃に手を引かれ歩く廊下には、自国の兵とは違う武装の兵士たちを幾人もみかけた。
 身を守るための鎧も手にした武器の形も、そして彼らの顔立ちもリーリュアには見慣れないものだ。

 キョロキョロしているうちに、両開きの大きな扉の前に着いていた。両脇にはそれぞれ別の色をした旗が掲げられている。
 片方は、よく知る緑地に国樹であるモミの木と実の描かれたアザロフの国旗。そしてもう片方の深紅に黒で文字らしきものが描かれたものだ。

 恭しく開かれた扉の向こうは、玉座へと続く道に絨毯が敷かれている。
 左右には旗と同じ並びで、アザロフと見知らぬ国の者たちが互いを牽制するように向かい合う。

 両者の鋭い視線の間をビクビクしながら進むが、正面に鎮座する至高の椅子に着く王の姿はなかった。
 その代わりに彼女らを出迎えたのは、背の高い涼しげな顔をした青年だった。

 困惑に巡らせた視線がやや距離を置いた場所に父王をみつけて、リーリュアはほっとする。最後に会ったときより面やつれしたようにも見えるが、大きな怪我などはなさそうだ。
 王妃も夫の無事を確認できたのだろう。リーリュアの手を握る力が少し弱まった。

 長身の男が王妃の前に立ち、胸の前で手の重ねて上体を傾けた。それが彼の国の礼なのだろう。王妃たちも自国の礼で応える。

「……」

 彼の口から言葉が発せられたが、リーリュアはもちろん、王妃や他の姉兄《きょうだい》も理解できない。

 青年は少し困ったように苦笑を浮かべ視線を動かす。すると、斜め後ろに控えていたさらに若い、少年といっていい年齢の男が前に進み出た。

「ええっと。我が主が「はじめまして」っておっしゃっています。王妃様で?」

 どうやらこの少年は通訳を仰せ付かったらしい。若干たどたどしく口調がぞんざいなのは、言葉に慣れないせいか元からの性分なのかはわからないが、意思の疎通をするには十分だった。

 少年を介しての挨拶を済ませると、この背の高い青年は遙か東にある大国、葆という国の皇太子だと判明する。

 母の陰から仰ぎ見た禍々しくも雄々しい鎧姿が、リーリュアが初めて見た琥苑輝だった。

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