そろそろ恋する準備を(短編集)
抗議しようと顔を上げた、その瞬間。
唇に、先輩のそれが押しつけられた。
かあっと、頬に熱が集中する。抗議しようと口を開いていたせいで、簡単に舌が差し入れられ、ぬるりとした感触が口内に広がった。
されるがままに舌を絡められ、身体の力が抜けていく。倒れてしまわないように先輩の腕を掴んだら、ここぞとばかりに身体を寄せられてしまった。
先輩の胸板がわたしの胸にぐっと押しつけられて、さらに胸が高鳴る。
ふ、は、と必死に酸素を求めて身を捩ると、ようやく先輩が唇を離してくれた。目の前にあるのは、お湯ですっかり濡れた、先輩のにやにや顔。
「……いきなりなんて、ひどいです」
「いきなりじゃなきゃ良いの?」
「いや、だめですけど……」
「じゃあこれからは許可制かあ。厳しいなあ」
厳しいもなにも……。何度も言うけれど、朝比奈先輩とわたしは付き合っていない。
こういうことはちゃんと、段階を経てするものではないだろうか……。それともこういうのは普通で、わたしが生真面目すぎるだけ……?
「仕方ないから許可取るよ。はるちゃん、濡れちゃったからこのまま一緒にお風呂ってことでいいかな?」
濡れちゃったんじゃなくて、朝比奈先輩に濡らされたが正しい。のに、先輩は悪びれもなく、わたしのブラウスのボタンを手際良く外していくから、その手を思いっきり引っ叩いておいた。
「もう、はるちゃん我が儘だなあ。じゃあ着替え取って来るから、先シャワー浴びていいよ」
理不尽に我が儘扱いしながら、ぴちゃぴちゃと濡れた足音を立てて歩き出す。けど、お風呂場を出る直前にちらりと振り返って「服濡れちゃったから、乾くまでうちにいるしかないね」と。今まで見たことがないくらい不敵な笑みで言うから、やっぱりのこのこ付いて来た昨日の自分を恨む結果になった。