そろそろ恋する準備を(短編集)



 抗議しようと顔を上げた、その瞬間。
 唇に、先輩のそれが押しつけられた。

 かあっと、頬に熱が集中する。抗議しようと口を開いていたせいで、簡単に舌が差し入れられ、ぬるりとした感触が口内に広がった。
 されるがままに舌を絡められ、身体の力が抜けていく。倒れてしまわないように先輩の腕を掴んだら、ここぞとばかりに身体を寄せられてしまった。
 先輩の胸板がわたしの胸にぐっと押しつけられて、さらに胸が高鳴る。

 ふ、は、と必死に酸素を求めて身を捩ると、ようやく先輩が唇を離してくれた。目の前にあるのは、お湯ですっかり濡れた、先輩のにやにや顔。

「……いきなりなんて、ひどいです」

「いきなりじゃなきゃ良いの?」

「いや、だめですけど……」

「じゃあこれからは許可制かあ。厳しいなあ」

 厳しいもなにも……。何度も言うけれど、朝比奈先輩とわたしは付き合っていない。
 こういうことはちゃんと、段階を経てするものではないだろうか……。それともこういうのは普通で、わたしが生真面目すぎるだけ……?


「仕方ないから許可取るよ。はるちゃん、濡れちゃったからこのまま一緒にお風呂ってことでいいかな?」

 濡れちゃったんじゃなくて、朝比奈先輩に濡らされたが正しい。のに、先輩は悪びれもなく、わたしのブラウスのボタンを手際良く外していくから、その手を思いっきり引っ叩いておいた。

「もう、はるちゃん我が儘だなあ。じゃあ着替え取って来るから、先シャワー浴びていいよ」

 理不尽に我が儘扱いしながら、ぴちゃぴちゃと濡れた足音を立てて歩き出す。けど、お風呂場を出る直前にちらりと振り返って「服濡れちゃったから、乾くまでうちにいるしかないね」と。今まで見たことがないくらい不敵な笑みで言うから、やっぱりのこのこ付いて来た昨日の自分を恨む結果になった。




< 20 / 74 >

この作品をシェア

pagetop