そろそろ恋する準備を(短編集)
土曜日。
部屋の真ん中に立って辺りを見回し、隅から隅までチェックしていく。
掃除機、かけた! コロコロも、オーケー! 脱ぎっぱなしの服、洗濯済み! 見られちゃまずい本とDVD、片付けた!
良し、良し、良し! 完璧!
あとは榛名を待つばかり。
ふ、と。視界の隅にベッドが映った。映ってしまった。
「……」
一応シーツと枕カバーは交換したし、乱れた毛布も綺麗に畳んである。が……いや、ないない。
榛名は今日、勉強をしに来る。榛名に「そういう」気はない。榛名が部屋に来るとはいえ、オレたちの関係は「先生」と「生徒」なのだ。万が一変な気を起こしたら、もう二度と榛名に会えなくなるかもしれない。大丈夫、大丈夫。
深呼吸をして気合いを入れ直すと、良いタイミングでピンポンが鳴った。
「は、はぁい」
気合いを入れ直したはずなのに、嘘くさい声が出た。とんだ大根役者だ。学生の頃、台詞がひとつしかない村人Cの役しかもらえなかったのも頷ける。
もう一度深呼吸をしてからドアを開けると、スーパーの袋をがさがさいわせた榛名が立っていた。
「じゃーん、来ちゃった」
勿論私服で、いつも下ろしている髪を後ろでひとつに結んでいる。
台詞はまるで、休日に訪ねて来た恋人だ。
そんな榛名は、ジト目でオレを見上げる。
「あ、なによその顔ー。別の女連れ込んでるんじゃないでしょうねぇ」
「……」
「……先生、笑ってくれないと困るんですが」
「あっ、あっ、いらっしゃい……」
一瞬の恋人気分に、すっかり放心してしまっていた。これはまずい。やましい気持ちが早速溢れてしまいそうだ。
「はい、これお土産です。お菓子とアイス」
「あ、ああ、うん、ありがとう。払うよ、レシートは?」
「捨てちゃいましたし、千円かかってないですからいいですよ」
「生徒に奢ってもらうってのは先生としてどうなの?」
「まあまあ。休日に押しかけちゃった迷惑料ってことで。お邪魔しまーす」
ああ、どうしてこの子はこんなに……。オレの心を惑わすのだろう……。
どうしてこんなに「彼女」みたいな雰囲気を出すのだろう……。