そろそろ恋する準備を(短編集)
「大人の部屋って感じですねえ」
部屋に入るなり、榛名は早速部屋を見回し、テレビボードの上の酒瓶や小物、本棚の本を物色している。どれだけ物色されても、見られて困るものは全部片付けているから安心だ。
小物や酒瓶や本を見ながらいちいち反応する榛名に「だって大人だもん」と答えると「うわー差別だー」とへらへら笑った。
「榛名、飲み物何にする? コーヒー、ココア、オレンジジュース、ミルクもあるよ」
「んー、じゃあオレンジ!」
大人と子どもの差別とか言っておきながら、ここでオレンジジュースを頼むところがまた可愛い。
「プリントちゃんと持って来たかー?」
キッチンからカウンター越しに聞くと、榛名は「勿論です!」と自信満々に答える。堂々と見せつけた大量のプリントは勿論白紙。昨日持ち帰ってから、一度も開いていないであろうという綺麗さだ。
さて。「わたしは日本人です! 英語なんて分かりません!」と言っていた榛名は、いつまで笑顔でいてくれるか。
差し出したオレンジジュースを一口飲むと、榛名は「良し!」と気合いを入れ、オレも心の中で「良し!」と気合いを入れた。
特製プリントの空欄を全て埋め「やっと終わったー」と榛名が顔を上げたのは、陽が傾き始めた頃だった。
「お疲れさん。チェックするから休んでていいよ」
「やったー」
途端に榛名は脱力し、床にばたりと倒れ込む。その様子を見てもう一度「お疲れ」と声をかけ、プリントのチェックを始める。
英語なんて分からないと豪語し、赤点常習犯だったくせに、間違いはほとんどない。若干スペルミスがあるくらいで、文法はしっかり理解しているみたいだ。
それならどうして七回連続赤点を取り、補習や授業もサボり、週末課題も未提出だったのか。
オレの教え方が悪いのかと心の底から不安に思っていたけれど、やればできる子だったみたいで安心した。よく頑張った、榛名!
そして何時間も二人っきりで過ごしたのに、変な気を起こさなかったのにも心の底から安心した。よく耐えた、オレ!