偽りの先生、幾千の涙


あっさりと話題を変え、榎本悟郎達は仕事の話を始める。


家がバレていない事にホッとした。


寄り道してから帰るようにしていた事は正解だったようだ。


と同時に、拍子抜けして、危うく間違った駅で降りそうになった。


もっと話を掘り下げるものだとばかり思っていた。


自分の娘の担任が、何処の馬の骨とも知れない男であるのに、こうも興味を持たないものか。


国木田花音の母親はもっと詳しく話したかったのか、切り替えが若干遅いのに対し、淡々と仕事の話をしている榎本悟郎を理解出来なかった。


まさか盗聴器の存在に気付いているのかとも思ったが、企業秘密が飛び出す会話からして、それはない。


娘なんてどうでもいいのか?


俺はほんの少したけ、絶望的な気持ちになった。


もし俺が思っているような男だとしたら、榎本果穂はあの男に育てられたのか。


親から受ける愛情を知らずに…


そう考えると、俺は幸運だ。


犯罪に手を染めるも、俺達の事を考えてくれる父親と、生意気ながら慕ってくれる弟、家族を失ったのは俺達皆同じなのに、何処で変わってしまったのだろうか。


考えながら、聞きながら、流れていく景色をただただ眺めていた。



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