戸惑う暇もないくらい
結局、昨日の夜に那智がベッドに入ってきたのは夜遅くだった。
もちろん気付いたけれど、寝た振りをしてしまった。

いつもなら背中から抱き締めてくれるはずの那智は私に背を向けたままで、勝手に傷ついたような気持ちになりながら眠れない夜を過ごすことになった。

「ん、那智…?」

明け方ようやく寝付き、目が覚めたとき隣に那智の姿はない。
時刻はすでに9時を回っており、気だるい身体を起こしてリビングを覗くもそこに那智はおらず、仕事に行ったみたいだった。

ドラマの撮影が始まったばかりなのに、那智のコンディションを乱してしまったことに罪悪感が募る。
応援するって決めたのに、何やってるの。

情けなさにため息が漏れる。
それでもいつもと同じルーチンワークで身支度を始めた。


「おはよう」
「おはよ、広瀬。なに、化粧乗り悪いね」

出勤して事務所に顔を出すと早番の若菜がパソコンの前に座っていた。
顔を見て一秒でずばり言われてしまい、しっかり化粧でカバーしたつもりが美容に敏感な同期の目は誤魔化せなかった。

「ちょっとね」
「ケンカでもした?」
「ケンカっていうか…」
「怒らせた?」

ずばり言い当ててくる彼女に沈黙するとそれを肯定と受け取ったようで「仕方ないな」とでも言いたげな表情で私に言った。

「早めに話し合いするなりで仲直りしなさいよ。ただでさえ広瀬言葉が少ないから勘違いされるんじゃない?」
「え…」

まるで昨日のやり取りを見ていたかのような言い方に驚きを隠せない。

「なにその顔。同期舐めないでよね。あんたの性格なんかお見通しだって」
「そっか…。私言葉少ない?」
「少ない。仕事だと的確で効率的だけど、恋愛はそれじゃだめでしょ」
「そうだね…、なんで若菜恋人いないんだろ」
「ちょっとなに、慰めた相手に攻撃しないで」
「そうじゃなくて、ほんとに。幸せになってほしい」
「私が一番そう思ってるわよ」

そう言って目を合わせると同時にくすりと笑いを漏らした。
重かった胸の内がだいぶ軽くなった気がする。
さすが長年の同期は違う。

「ありがと」

心からそう伝えて、仕事モードに切り替わった頭で店頭に出ていった。

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