戸惑う暇もないくらい
「…月、葉月」

肩を叩かれて声が聞こえる。
意識が浮上してくると下敷きになっていた右腕がじんと痺れるように痛んだ。

「ん…」
「葉月、風邪引くから」
「那智っ!?」

声を聞いて勢いよく上体を起こした。
目の前には、本物の那智。

「那智…っ」

思わず立ち上がってその存在を確かめるように抱き締めた。

「葉月…」

驚いたような声と遅れて背中に回された腕に無性に愛しさが溢れて涙がこみ上げた。

「ただいま、遅くなってごめん」
「ううん、那智、帰ってきてくれてありがとう。…この間は本当にごめんなさい」
「俺の方こそごめん。不安にさせたのは俺の方だ。ニュースも、びっくりしたよね」

ゆっくりと背中を撫でる手のひらを感じてぎゅっとしがみつくように抱き締める力を強くした。
少しでも那智を近くに感じたかった。

「何も信じてない。那智の言葉だけ信じるから」
「葉月…ありがとう。うん、完全に誤解だから。俺には葉月しかいない」

その言葉を聞いて恐る恐る顔を上げた。
大好きな優しい那智の目が私を見下ろしていた。
それだけで胸がぎゅっと苦しくなる。

「…ほんと?」
「当たり前でしょ。…なんか、この間と逆だね」

ふ、と那智が口元を綻ばせて笑う。
そしてふいに真面目な表情になって私の頬に手を添えた。

「心配かけてごめん。葉月、俺が大事にしたいのは葉月だけだ」
「那智…っ」

自然とお互いに顔が近付くと柔らかい唇を重ねた。
しばらく重ねたあと、少し角度の変わった唇は深い口づけへと変わる。

「ん…っ」

久しぶりの那智のキス。
優しくて、温かくて、安心できる。
那智を感じられる。

そう思うといつもより積極的に口づけに応えていた。
何度も角度を変えてお互いの存在を確かめるように口づけを繰り返した。
少しも離れたくなかった。

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