強引同期に愛されまして。

私たちの距離が三十センチより近付いた時、突然着信音が鳴り響いた。


「ひゃっ」


鳴っているのは、私の携帯だ。それでも身動きできずにじっとしていると「でないのか?」と田中くんが言う。
促されて鞄から携帯を取り出し、発信者を見て私は動きを止める。
よりによってこのタイミングで梶くんだ。

動きを止めてしまった私を、彼は怪訝そうな顔で見つめる。

出ないのも後ろ暗いけど、出てしまうのも気まずい。田中くんの前で梶くんと会話とかしたくないよ。


困っているうちに、着信音は途切れた。そのとたんに、田中くんが、私の手から携帯を抜き取った。
あっさり渡してしまったことをしまった、と思う。画面には、不在着信を示すメッセージが表示されているはずだ。


「梶って、お前の昔の男じゃなかったっけ」


ああ。やっぱり見たよね?


「……そう、だけど」

「なんで今頃電話が来るんだよ。とっくに別れたんじゃないかったのか?」

「二年前よ。海外転勤の時に別れたの! ただ、半年前から日本に戻ってきていて、たまに連絡来るだけ。でも別にっ」

付き合ってなんかないから、と続けたかったのに言えなかったのは、田中くんの手が、私の脇から手を伸ばし、欄干を乱暴に掴んだから。

カシャンと大きく響く金属音。思わず息を飲んで彼を見つめた。

彼は下を向いたままで、私とは目を合わせない。苦いものを食べた時のような歪んだ顔は、いつもの彼とは違ってひどく真剣で、私は言葉を出せずに立ちすくむ。

< 60 / 100 >

この作品をシェア

pagetop