世子様に見初められて~十年越しの恋慕


大人の男性の肩越しに少年を見据えていると。

「お嬢様っ!!探しましたよ~!」
「ごめんなさい、チョンア。あまりにも人が集まり過ぎて……」
「悪い噂を広めたかったのでは?」
「そ、それはそうなんだけど……」
「心根がお優しいお嬢様には、悪事など最初から無理なのですよ」

自分の言動が理不尽なのは明らか。
自分が蒔いた種だけに、返す言葉が見つからなかった。

チョンアは長衣をソウォンの肩に掛け、汚れたチマの裾を手で払う。
そんなチョンアから視線を上げると、

「チョンア、さっきまでここにいた人たちは?」
「…………さぁ、分かりませんが」

チョンアと会話してた間に、少年たちは姿を消した後だった。
指輪を返すことも、名前すら聞いてないのに……。

「お嬢様、それは……?」

手のひらに残されたトルパンジ。
ひんやりとしていて、煌々と輝いている。

「少しの間、人から預かったの」
「そうですか。では、無くさないようになさらないと……」
「えぇ、そうね」

少年との経緯を話したものなら、言動を自重するように諭されてしまうわ。

両班の娘が下働きの格好をして、男の子の手を握った上、街を駆け回ったと知られれば大事になる。
親の育て方が悪いと、すぐに噂が広まるわ。
自分が悪く言われるのは我慢出来ても、親の事を悪く言われるのは耐え難かった。

揀擇に申告されたくなくて、素行悪く振舞って悪い噂を広めようとしたけど。
実際、自分の身にふりかかってみると、怖くなってしまった。
何不自由なく過ごして来たソウォンにとって、初めて恐怖を感じた瞬間であった。

「お嬢様、帰りますよ?」
「ん」

ソウォンはトルパンジを胸元にしまってあるチュモニ(巾着)にしまおうとした、その時。
春の風がヒュッと吹き抜け、ソウォンのチュモニから甘い香りが漂った。


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