世子様に見初められて~十年越しの恋慕


混乱する感情を必死に整理するため、深呼吸を試みる。
嫉むことは無意味なのだから、自分の心に折り合いをつけねば……。

気持ちの整理を図り、ソウォンがゆっくりと目を開けると。

「この国をより良くするため、…………そなたの力を貸してくれぬか」
「………へ?」

唖然とするソウォンに対し、ヘスは至って真剣な表情である。

両班の子息なら科挙を受け、役人になることで微力ながら王様や世子様にお仕えすることが出来るが、女人のソウォンにとって、役職を得ることは不可能である。

「生涯、私の傍で…………私を見守って欲しいのだ。誤った道に進まぬように………」

ソウォンは必死に涙を堪える。
生涯友として助言し、世子様を支えていく約束だと言われているのと同じなのだ。
それはすなわち、これ以上、女人として期待してはならぬという暗黙の了解。

わざわざ自宅においでになるからにはそれなりに好意があるものだと、安易に心の奥で密かに思っていた。
だが、そんな霧のように淡い期待も、この場で跡形もなく消し去らねばならない。
何と答えればよいのか、ソウォンは言葉を探していると。

「返事は今すぐでなくとも良い」

ヘスは柔和な表情でソウォンの両手を優しく包み込んだ。

「そろそろ王宮に戻らねばならぬ」
「…………はい」
「近いうちにまた来るゆえ、早く体調を整えよ」
「っ………」

まだ毒が抜け切っていないのか、ソウォンの顔色は青白い。
それが、化粧を施してないことによって、ヘスに気付かれてしまったようだ。
無意識に俯くソウォンの額に、ヘスはそっと口づけした。

突然のヘスの行動に動揺するソウォン。
青白い顔がみるみるうちに紅潮した。
そんな様子を嬉しそうに見つめ、ヘスは部屋を後にした。


先ほどの出来事が嘘だったかのように静けさが戻った部屋には、仄かに白檀の香りが漂っている。
更に、震え気味の指先で捉えた先には、自分には不相応すぎる貴重な御品があった。


< 100 / 230 >

この作品をシェア

pagetop