世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「心配して下さるのはとても有難いのですが、ここでお休みにならなくとも…」
「どこで休もうが、ここは東宮の敷地内だぞ」
「あ、はい。ですが、世子様には……、嬪宮様がいらっしゃるではありませんか?」
ソウォンの言葉に、ヘスは自身の髪に挿してある簪を抜く手が止まった。
「嬪宮から聞いていると思うが、嬪宮は形だけの妃だ」
「はい、存じてます。ですが、世子様の正妃です」
「………」
ヘスはソウォンを見つめ、唖然とする。
そして、物凄い速さで思考を巡らせ、小首を傾げた。
「前に言った言葉を忘れた訳ではあるまいな」
「え?」
何のことやら?といった表情のソウォン。
ヘスは途端に焦り始めた。
一世一代の大仕事を記憶から消去されたのでは?と不安に陥る。
妻がいる身であっても、その妻にさえ囁いた事のない告白を。
「生涯、私の傍で、私を見守って欲しいと伝えた筈だが?」
「はい。………覚えています」
「ならば、先程の言葉は?」
「へ?」
目を丸くするソウォン。
ヘスが言っている意味が分からない。
「冗談……では、無いよな?」
「何の事でしょう?」
あ、すっかり忘れていた。
目の前のこの娘の思考回路が、たまに右斜め上あたりに進むことを。
人より回転が速い上、決断力もある。
それでいて常に聡明で、他者に染まることもない。
それ故に、彼女の思考に追いつかない事もしばしば。
それが新鮮で、そこが魅力でもあり、私の心を鷲掴みにしたのだから。
「この際、はっきりしておこう」
「何をでしょうか?」
「私とそなたの関係を」
「………」
一瞬で表情が凍りついた。
何故だ。
恐らく、思考が意図としない方向に向いてるな。
ヘスはソウォンの手を取り、布団の上に座らせた。