世子様に見初められて~十年越しの恋慕


『殿下、嬪宮様の加髢とピニョ(簪)をお取り下さい』

甘い雰囲気を一瞬で壊すかのような淡々とした声。

『殿下、嬪宮様のセアンモリ(礼装時に髪を結うリボン)もお取り下さい』

ソウォンに施された大量の簪を一つ一つ丁寧に取っている最中に、再び淡々とした声音が室内に響く。
ソウォンはうつむき加減で目を閉じてじっとしているが、女官の指図にヘスの片眉がぴくりと動いた。

『殿下、簪が全部取り終わりましたら、最後に額部分にある髷留めをお取り頂くと、大首モリが外せるようになります』

次から次へと甘い雰囲気などお構いなしの言葉にヘスは無意識に舌打ちした。
流石のヘスも堪忍袋の緒が切れたようだ。

スッと立ち上がったヘスは迷うことなく戸へと歩いて行き、勢いよく戸を開けた。

「もうよいっ!後のことは出来るゆえ、もう下がれ」
「ですが、世子様」
「下がれと言ったのが聞こえなかったか?」
「…………」

威圧感のあるヘスの声に女官たちは委縮する。
普段は温厚なだけに、声を荒げると凄みがある。

「ヒョク」
「はい、世子様」
「明朝まで部屋に誰一人近づけるな」
「御意」

ヒョクは鞘に収まっている刀を突き出し、女官たちを威圧し顎を傾け、外に出ろと促した。
女官たちは致し方なくその場を後にする。

ピシャリと戸を閉めたヘスはゆっくりと踵を返す。
視線の先にいるのは最愛の妃。
恥じらう姿が堪らなく愛おしい。

一歩また一歩と歩み進めると、小鹿のように体が震えているのが見て取れる。
ヘスは無言でソウォンの隣に腰を下ろし、優しく見つめながら加髢を取り外した。

「疲れてないか?重かったであろう」

大首モリは相当な重量感があるため、婚儀後に首を痛める妃も少なくない。
ヘスはソウォンの首と肩を優しく揉み解し、震えが治まったソウォンを背後から抱き締めた。

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