世子様に見初められて~十年越しの恋慕


「先回りしないと……」

世子が斜面を駆け下りるのを見て、ソウォンは来た道を思い出していた。

「確か少し戻った先に分かれ道があったわよね?」

独り言を呟きながら、ソウォンは必死に駆け出していた。
小枝が体に当たる事すら気にならぬほど、無我夢中で先を急ぐ。

分かれ道を左に折れ、その先を少し行った所に川へと下りれる小道がある。
世子が向かった斜面の方向は、ユルが危険だと言っていた川の方向だ。
けれど、仕方ない。
世子と合流せぬ事には、何も始まらないのだから。

息を切らし、川へと続く小道を駆け下りていると。

「ッ?!」

川へと下る途中の岩陰に黒い布地を見つけ、慎重に様子を窺うと、そこに人が蹲っていた。
ソウォンは慌てて駆け寄り、声を掛ける。

「大丈夫ですか?ソウォンですっ!お気を確かに……」
「………ソ……ウォン……?」

苦しそうに顔を歪め、呼吸が浅い。
すぐさま手を握ってみると、既に手のひらに脂汗が滲んでいた。

「急がなきゃ……」

ソウォンは辺りを見回し気配が無いことを確認して、世子の腕を肩に回す。

「世子様っ、もう少しだけ頑張って下さいっ」

既に意識を手放しつつある世子の体を支え、必死に川へと下りた。
ユルが川は危険だと言っていた。
恐らく、追手が探すだろうと踏んでの事だ。

「それなら……」

再び斜面を登る体力は無い。
一人ならまだしも、世子を抱えてとなると無理がある。
普通なら川沿いを下るのがいいだろう。
飲み水が確保出来るし、岩が多いお陰で身を隠すような場所が沢山ある。
だが、ユルは危険だと判断した。
絶大な信頼をおくユルが危険だと言ったのだから、それに従うのが一番だ。


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