世子様に見初められて~十年越しの恋慕


鏡に映るソウォンの顔は酷いものだ。
眼が充血しており、白粉で隠したつもりでも目の下にはくっきりとくまが出来ている。
ソウォンは鏡を片付け、煎薬を口にした。
すると、窓からは春の柔らかい風が吹き込んで来て、ソウォンの肌を優しく撫でた。

「まだ毒が抜けきっていないのですから、もう少しお休みになりませんと……」

チョンアは心配そうにソウォンを見つめ、寝床を整える。
けれど、当の本人は窓の外を眺め、落胆した様子を隠せずにいた。
そんなソウォンの感情を汲み取ったチョンアは、空になった煎薬の器を下げながら優しく語り掛ける。

「世子様は王命を賜ってあの地にいらっしゃったのですから、そのご報告も含め、さぞお忙しいのでしょう。それに、お嬢様のお体をお気に留めて下さったとしても、安易に王宮をお出になることは困難かと存じます」
「………そうね」

チョンアの言うことは正しい。
世子という地位にあるのだから、王命に限らず、職務は星の数ほどあるはずだ。
しかも、不在にした期間の職務も含めれば、それこそ昼夜問わず追われることになりかねない。
例え、全ての職務をこなしたとしても、一介の両班の娘の見舞いなど、普通に考えたらあり得ない。
よくよく考えれば分かることなのに、ついつい期待していたようだ。


戌時(スルシ:午後七時から九時)の刻、編み込んである髪を解き、櫛で梳いていると。

「お嬢様、チョンアです。お薬をお持ち致しました」

チョンアは煎薬の入った器を静かに置き、ソウォンの寝床にお香を焚き始めた。

「安眠できるお香を焚きましたので、今宵はしっかりと休んで下さいませ。でないと、奥様に私が叱られてしまいます」
「………分かったわ」

ソウォンが煎薬を飲み干すと、次第に白檀の香りが漂い始めた。

「では、お休みなさいませ」
「…………ん、お休み」

空になった器を手にしてチョンアはその場を後にした。

漸く気持ちの整理を図ったソウォンであったが、一瞬で心が揺れてしまった。


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