青野君の犬になりたい
ごく自然に、声をかけようと足が進んでいたのだ。
でも私が青野君を呼ぶ前に、青野君が「しおり」と呼ぶ声が聞こえた。
そしてその声に女性が振り返り、青野君の姿を見つけると顔がほころんだ。
まるで花びらがふうわりと開くような優しい笑みだった。
青野君が彼女のもとに駆け寄って抱きしめる。
まるでドラマのワンシーンのように。
私は「あ」と、今度は声にならない声を発した。
詩織、さん―――青野君のナンバーワンの詩織さんだ。
青野君と詩織さんは笑顔で見つめ合った後、私に気づくことなく肩を並べて去って行った。
英子に肩を叩かれるまで私は動けないまま、もう人混みにまぎれて見えなくなった2人の背中を見つめていた。
「で、今の人は何番目の彼女?」
「青野君の、本命」
私は腰が抜けたようにその場にしゃがみ込み、顔を覆ったまましばらく立ち上がることが出来なかった。
2番目から4番目の私までがぼろぼろと青野君と彼女の足元にふるい落とされていく。

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