青野君の犬になりたい
「有給とって実家に帰るとか、実家は長野県だとか教えてもらわなくてもあたり前よね」
「え?」
誇らしげにくわえてきたサンダルが、必要とされていなかったと悟った時の、茶太郎のような顔をする。
「もしかして、それで拗ねてたの?」
「拗ねてなんかいない」
「いや、拗ねてた」
「拗ねてないってば」
「でもさ、そういうの、いちいち話すこと?」
「え?」
今度は私が、例えば茶太郎が自分だけおやつをくいっぱぐれた時のような顔をした(と思う)。
私は青野君のことが好きなのに、青野君のことを何も知らない。
どんな風に考え、どんなふうに感じるのとか、大事なこと、基本的なこと、何も知らない。
「他の彼女たちにも自分の予定とか話さないの?」
「特に必要がなければ」
「じゃあ逆に彼女たちが、いつ何をするのか知りたくない?」
「別に。話を聞くのは楽しいけど」

物憂いジャズの曲が店内にたゆとう。
その音に誘われたように、斜め前方のテーブルに座るカップルが手を重ね、お互いをうっとりと見つめ合っている。
その横のカップルだって、女性が頬を染め微笑んでいる。
お酒のせいだけではなく、彼女の正面に座る武骨そうな青年にときめいているのは明らかだ。
こんなときめきが青野君にはあるのだろうか。
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