青野君の犬になりたい
「僕はこれからワンフレンドの譲渡会の手伝いに行くから」
「え!?」
「さっき武田さんから連絡がきた。七海さんのスマホも鳴ってたよ」
バッグの中からスマホを取りだすと、確かに武田さんからの着信履歴とショートメールも入っていた。
すぐに武田さんに返信を打つ。
「僕、先に行ってるね。七海さんはコーヒーでも飲んでからおいでよ。僕が要れたコーヒー旨いから。あ、タオルと歯ブラシおいといた。じゃ、鍵、ちゃんとかけてきてね」
私は「ナナ」から「七海さん」になり、青野君はS型のキーホルダーがついた鍵をテーブルの上に置いて出て行った。
私は「七海さん」になったものの、気分的には取り残された犬のようだった。
主人が去った部屋を丁寧に見渡す。
物が少なく、きれいに整頓された部屋。
他の彼女の痕跡があるんじゃないかと心配したが、そんなものは見当たらなかった。
3人も彼女がいるのだからそこらへんは気をつけているのだろう。
そもそも他の彼女もこの部屋で過ごしているのかしら、などと考え気持ちがざわつく。
ぐるーっと視線を移して、机の上に目が留まる。
閉じたノートブックの横に写真が飾ってあった。
草の上にお座りしている犬。体はクリーム色で、ぺこりと垂れた耳と胸に入った丸い模様が茶色かった。
姫子さんだ。
青野君に一番愛されている、姫子さんがいた。

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