溺愛スイートライフ~御曹司に甘く迫られてます~


 桧山部長は人当たりもよく、部下の話も親身になって聞いてくれる優しい上司だ。その穏和な性格から、客先にも好感を持たれているものの、業務の内容をあまり理解していないため、客先の要望や作業内容を部下に丸投げしてしまう。
 業務の内容を理解していないから、田辺さんに何を担当してもらうのが妥当かわからないのだろう。

 保守チームでは部長から丸投げされた案件をリーダーの新條が精査し、部長も交えて客先と交渉を行う。その結果を元に新條が具体的な作業内容の洗い出しと工数を見積もり、スケジュールを立ててメンバーに作業を割り振ることになっていた。

 部長席を離れて自席へ向かうメンバーに新條が声をかけた。

「じゃあ、打ち合わせしようか。みんなマシンルームに行こう。田辺さんも来て」
「はい」

 唯一田辺さんだけが元気な返事をして、みんなでぞろぞろとマシンルームへ向かう。フロアの一角を仕切って作られたそこは、客先のデータを直接見たり触ったりできるので、限られた者しか出入りできない。出入り口の扉とマシン本体に指紋認証装置が取り付けられていた。
 マシンルームには、今現在ヘンナメディカル向けの設定がされたマシンしかないので、出入りするのは主に花梨たち保守チームのメンバーしかいない。

 入り口の指紋認証装置に指を載せて、次々に部屋へ入るメンバーの最後尾で、田辺さんも当たり前のように指を載せる。
 あれ? もう指紋登録済ませてるの?
 そう思った途端、認証装置がエラー音を発した。

 キョトンとする田辺さんに、部屋の中から新條が尋ねる。

「田辺さん、指紋登録してないの?」
「してません」
「……そこからかぁ」

 新條がうなだれてため息を吐き出した。部長が珍しく気を利かせて指紋登録を済ませてくれたのかと思ったが、そんなことはなかったらしい。
 それにしても、指紋登録していないのに認証装置に疑問も抱かず指を載せてしまう田辺さんも変わっている。もしかして、天然ちゃんとか?

 後で花梨が総務まで登録申請に連れて行くとして、とりあえずは入り口横に設置されている入退室管理簿に記入してもらって部屋に入った。


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