貴方が手をつないでくれるなら
「じゃあ、ちょっと行って来るね」
財布を手に、日向が出掛けようとしていた。
「ああ、寄り道しないで真っ直ぐ帰って来いよ」
「もう…。小学生じゃないんだから。近いし…解ってる」
「最近、物騒だからな」
「うん、真っ直ぐ帰って来ます。行ってきます」
…ん、…何だろうな。何か嫌なモノを感じたけど。気のせいか。…日向、行かせない方がいいのか?…。
「…ん、ああ、行ってらっしゃい。気をつけろよ?」
は~いと暢気な返事をして行ってしまった。…あぁ、解った、この感じ。昔、日向が塾に行って戻らなかった時の感じ、それに似ている気がしたからだ。…大丈夫だよな。真っ昼間だし。
日向、携帯は持ってるか。過保護だって思うかも知れないけど架けてみよう。
RRRR、RRRR…。
「はい、何?」
はぁ、出た、良かった。無事か。
「あー、もう着いてるか?」
「所々で走って来たから、もう直ぐ、お店は見えてるよ?何?」
「ああ。うん。あ、俺の昼用にサンドイッチも買って来てくれないかなと思ってさ。売り切れてなければだけど」
「買って帰るつもりだったの。ミックスでいいよね?買って帰るから」
「ああ。…日向?」
「はい?まだ何かあるの?」
「いや、真っ直ぐ戻れよ?」
「もう。解ってるってば。あ、もう着いたから切るね?」
「ああ。気をつけて戻れよ」
「大丈夫、寄り道はしないから、じゃあね」
「ああ」
…はぁ、店には着いたか。こんな直ぐ着くような近いところなのに。馬鹿みたいに心配してって思ってるだろうな、日向。
ブー、…。はぁ。また、お兄ちゃん?
あっ…違う、柏木さんだ。…何だろう。
【びっくりしないでください。柏木が怪我をしました。柏木の携帯ですが、送っているのは町田です。取り敢えず、命に別状はありませんが入院する事になりました】
……え?
手にしていたトレーが傾きかけて慌てて戻した。トングが縁で辛うじて止まった。
…嘘…。柏木さんが。…え?
【刺されましたが、この間からの引き続きの事件の容疑者は逮捕しました。だから、回復すれば、そして、また、凶悪な事件がなければ会えますから】
…あ、え、刺されたって…。大丈夫なんだろうか。重傷ではないのだろうか。でも…入院?て。
「あ、ごめんなさい」
ぶつかりそうになった。他のお客さんの邪魔にならないように店内の喫茶コーナーとの境に寄った。
【刺されたって、大丈夫なんですか?危篤とか、意識不明とか、そんな感じでは無いのですか?】
刑事さんが刺されたなんて聞くと、多分ドラマなんかの印象なんだろうけど、どうしても命に関わる大きな怪我のように思ってしまう。…刺されたなんて、一体どうして…。犯人が物凄く強い人で、不意に襲って来たとか…。
【大丈夫です。凶器のナイフがとても鋭利な物だったので、思いの外、切れたというだけです。傷口が塞がるまでの入院です、心配無く】
…はぁ、…良くはないけど、この言い方だと取り敢えずは危篤とかでは無いみたい、良かった。あ、でも、町田さん、何故柏木さんの携帯からなんだろう。私の連絡先、柏木さんに教えてもいいって伝えたのに。まだ私の連絡先は伝わって無かったのかも知れない。
…身内でも何でもないから、こんな時お見舞いには行ってはいけないのかな。刑事さんて、こんな時も何か決まりがあるのかな。一般の病院じゃないのかも知れない。…警察病院?とかなのかな、聞いた事あるけど。はぁ、何も解らない。