貴方が手をつないでくれるなら
……ん、…ん、誰かが、俺の手を、…握っているのか…。
「お、気がついたか?」
…あぁ、町田…、町田か。
「あ、あ。ここは…はぁ、…病院か…」
白い天井…。生きてたんだな、俺。
「ああ。ちょっと待てよ。目が覚めたら呼んでくれって言われてるから」
ボタンを押し、看護師に呼び掛けた。
「大丈夫だから。心配無い。幸い大事な内臓は外れてる。傷は深い…大きいけど直ぐ治るさ、大丈夫だ。
喋るの、まだしんどいだろ?」
「…町、田」
「いい、無理すんな。まだしっかりしないだろ?そろそろ完全に麻酔が切れるんだろ。多分痛み止めを入れてくれるはずだ。すぐ誰か来るから。…はぁ、…馬鹿野郎、…急に飛び出すからだ」
…町田。
「俺は、自分の相棒を目の前で失うなんて、…冗談じゃない、勘弁だからな。
お前のお陰でスーツの上着が駄目になっただろうが。元気になったら上下セットのオーダーだからな」
フ…解ってるさ。俺の上着だって、シャツだって、もう完全に全部駄目だろ。
「サバイバルナイフは切れ過ぎるほど切れる…。だから殺傷能力が高いんだけどな。最近はこんな事する奴はナイフの事もよく知ってる…。出血が多くて…上着で押さえ続けたけど。俺の血、やろうかと思ったくらいだった」
…馬、鹿、血液型が違うだろうが。そもそもその場で輸血なんて出来るか。俺を…殺す気か…。
「…手」
「ん?ああ。こんな時くらい握らせろ。お前の好きな柔肌でなくて悪いけどな」
手の甲を撫で、パンパンと叩き、握り直した。…まるで愛しい女の手だよな、…フ。ハハ。
「…フ、…つっ」
「あ、馬鹿、笑うな、痛いだろうが」
「…お前が色々…笑わせ…」
「あー、皆まで言うな、俺が悪い。遅いな、看護師。…あのな、一応知らせておいたぞ?眞壁さんに。お前が怪我したって。大した事ないって感じで伝えてあるから」
はぁ、そうか。こんな連絡、された方は…さぞや驚いた事だろうな。
「ここの事も言ってないから。見舞いに来たそうだったけど、俺からは言えないって言っておいた。後はお前が好きに連絡しろ。お前の携帯、使ったぞ?」
「…ああ」
俺の傷が大した事が無いなら、連絡はして来ないはず、…そう思ってしまわなかったかな。
容疑者を確認して、町田と二人で近付いて行こうとしていた時だ。丁度、集団登校している生徒が反対の歩道を歩いて来るのが見えた。
…まずい。この子達に何かあっては。そう思ったのは後だった気がする。反射的に容疑者の前に立っていた。
「〇〇だな、警察だ…」
殺人の容疑で…最後まで言い切らない内にドスッと身体に衝撃を受けた。俺はそのまま強く抱き着いて町田に振り返った。
「子供の避難を…見せては…まずい」
町田が真剣な顔で頷いた。言い終わって、がっちり拘束したまま手錠を掛けた。勿論、俺と容疑者の手にだ。
急に我に返ったのだろう、刺した事と、刺した人間に抱きつかれている事に容疑者はヒーヒーと声にならない声を上げ始めた。じたばたさせるか、離さないからな。こんなもん、子供に見せられるか。刺されてるからって…俺を…舐めんなよ。
子供達は道の先に町田が誘導していた。おはよう、警察のおじさんだよ、気をつけて行くんだよ、と、柔らかい声が聞こえてきた。フ、相変わらず外面のいい…上手いもんだ…。
今度はどうやら携帯を取り出して救急車を要請しているようだ。緊迫した声だ。
パタパタと沢山の足音が聞こえた。段々視野が霞んで来ていた。仲間の刑事が走り寄って来るのがぼんやり見えた。…はぁ。
…あ、…手錠が外され、…かけ直された。……う゛…。く、そ…。
「大丈夫か、柏木、おい…柏木…しっかりしろ」
…町田…はぁ…情けない…。膝から崩れかけた。町田が抱き留めた。横にされ、慌てて上着を脱ぎ、俺の腹にあてがい圧迫した。…い、た、痛いんだよ、フ…優しくしろよ…。
容疑者の身体が離れる時、あいつが握ったまま固まっていたナイフが抜かれたからだ。…血が出てるんだな。妙に温かい…。…あぁ、焼けたように、熱い、…痛い…間違いなく刺されたんだ、な、俺。
ふぅ、なんだ…寒いぞ。身体が震えた。
「…町田…はぁ、…寒いぞ…」
…そうか、かなり…出血してるって事なんだな…。
「気のせいだ。気のせいだ…馬~鹿。飯食ってないからだ。しっかりしろ。救急車直ぐ来るから」
「子供、は…刺されたところ、…見なかったか?…ゴホ…大丈夫だった、か?」
くそ…、声が出し難い…。
「大丈夫だ。見てない。誰も刺されたとは思ってない。みんな元気に学校に行ったから」
「…そうか…良かった。……イテーよ…町田…」
サイレンの音が近付いて来た…。
「よし、柏木、病院行くぞ。目が覚めたら治ってるぞ?」
馬鹿、んな訳あるか…。
ストレッチャーの音がガチャガチャと聞こえた。1、2っ、…3……。俺の身体は宙に浮いた。
その後は…気がついたら病院だった。