貴方が手をつないでくれるなら

当たり前だが中に向かって歩く。当然微妙な距離間で並んで歩く。ロビーから人混みが激しくて、大袈裟では無く、はぐれそうになった。

あ。咄嗟に手を繋ごうとして、すんでのところで手を止めた。普通ならこんな時、手を取る事は自然にする行為だと思うが。危なかった。俺のこの行為には悲鳴を上げられた前科がある。
しかし、…どうするかな。エスコートだとして、腰に手を回すのもな…それはそれで自然な事なんだけど。行き過ぎている気もするし、触れてしまうとなると難易度が上がる。

…ん?

少し上着が引っ張られた気がした。…あ。彼女が俺のジャケットの裾を遠慮気味に摘んでいた。
あ、これは、何とも…控え目な迷子対策。

「あの…ごめんなさい。はぐれてしまっては迷惑をかけると思って…それで」

見上げられた。

「いいですよ。構いませんからぐしゃっとしっかり掴んでいてください」

「クス…はい。あ、ごめんなさい、しわになっちゃいますね」

「大丈夫です、安物ですから」

「そういう事ではないと思います…」

「…そうでした」

何とも不思議な光景だろう。むさ苦しい黒スーツの髭男の後ろを、綺麗な女性が、上着の裾を掴んで必死について来ているなんて。混雑しているから誰も見てやしないけどな。贔屓目に言って、大人の不器用なカップルといったところか…。

当然だか席に並んで座る。カップルシートなる物もあるのだが、それは、最初から有り得ない。何故なら、友達だから…。緊張が走るし、不用意に接近してもいけないから。今は当然のようによそのカップルで埋まっていた。

犯罪者を追い掛ける刑事…。結局、よくありがちなシチュエーションだ。こんな格好よく、見た目も格好いい俳優に演じられては…。こんな都合よくはならないからな…。現実、刺された俺は情けないじゃないか。
しかし、よく撃つよな、拳銃。凄い銃撃戦だ。何発ぶっ放すんだ。当たりもしない、避けられる代物でも無いのに、音がすると思わず身体がかわそうとするじゃないか。…ふふん。ざまあ無いな。これだけ大音量なら。俺、起きてるし、寝落ちしてないぞ。

…ん?
フワッと香りがして肩に頭が乗った。…眞壁さん、…落ちた?寝てしまったのか?これっていいのか、大丈夫なのか?
フ、これじゃあ、まるで逆だな。やっぱ、つまんなかったのかな…。それとも疲れてるのかな。夜だからなぁ。あ、早寝早起きなのかも知れない。妙に不規則にしている俺と比べたら、眠くなるのも不思議じゃ無いか…。

起きた時、状況にピンと来なくて悲鳴をあげて驚かないかな。…ドキドキしてしまう。起きなくて起こさなくちゃいけなくなった場合、ちょっと触って揺り起こすのは大丈夫なんだろうか。そこで悲鳴なんて、ヤバいよな。場所が場所だけに間違いなく痴漢とかにされてしまうだろ。誤解は直ぐに解けるだろうが…俺は間違いなく取り押さえられてしまう。

それからの俺といえば、隣で眠る彼女が気になって、映画の内容が全く入って来なくなっていた。まあ、最初からどんな状況だって、まともに観られるとは思ってなかったけどな。

結局、何の杞憂も必要無かった。眞壁さんは、エンドロールが流れる頃には自分で目を覚ました。そして慌てて俺の肩から頭を退かせたんだ。

「……あ、…え、ごめんなさい、…私、なんて事…はぁ、寝てしまって。本当…ごめんなさい。面白くなかった訳じゃないんです。ちょっと…」

「大丈夫です。疲れていたんでしょう、丁度終わりましたね。では帰りましょうか」

「え?は、い。あの、実は私…」
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