貴方が手をつないでくれるなら

「ん?送りましょう」

「いえ、それが…大丈夫なんです、あの…兄が」

「え?」

お兄さん?

「…来た時に言っておかないといけなかったのに。終わったら連絡する事になっているんです。ごめんなさい、そうしないと、出させて貰えなかったので。こんないい歳の大人なのに…。心配性というか。
ごめんなさい、もう近くに来ているはずなんです、だからここで。ごめんなさい、今日は有難うございました。折角だったのに寝てしまってごめんなさい」

「いや、それはいいんです。あ、では、気をつけて。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

外に出た。言い終わると直ぐ携帯を取り出しコールしていた。
相手が出たようだ、こちらに背を向け話し始めた。

「あ、お兄ちゃん?…うん、今、映画館の前に出た。終わったばっかりだよ。…うん、…うん、解った、じゃあ歩いてるからね」

話しながら歩いている。
眞壁さんが電話を切り終えてから、そんなに間は空かなかった。
ガンメタのセダンが近付いて来るのが見えた。終わる大体の時間は把握していたのだろう。

「あ、では」

「はい…」

眞壁さんの方から車に走り寄って行った。スーッと停まった。運転席から降りた長身の男性がこちらをチラッと見た。
俺は慌てて姿勢を正し頭を下げた。少しだけ頷き返された。
眞壁さんに駆け寄り肩を抱くと、助手席側のドアを開け素早く乗り込ませた。

ハザードを消した車は俺の前をあっという間に走り去って行った。
中で眞壁さんが頭を下げていたのが見えた。

…ふぅ。お兄さんか…。どれだけ妹の事を大事にしているのか、その思いの強さを見せられた気がした。今日の相手は刑事と言えども自分とは面識の無い男で、どんな奴だか解からない。しかも夜の映画館…。用が済めばそれ以上は認めない。といったところか。…鉄壁なガードだな。
普通の心配以上に、過剰になってしまうのは仕方ない、か。



【起きてるか?】

【寝てるかも知れない時間帯に、起きてるかなんて送ってくんな。なんだ…もう解散したのか?バーとまでは言わないが、どこか寄ってお茶くらいしなかったのかよ】

【無理だ。連れ去られるように帰って行ったよ】

まあ、お兄さんが来て無くても今夜は真っ直ぐ送ったけどな。

【…はぁ、保護者登場ってやつか】

【ああ、どうやら映画に来る事も、許可無くは無理だった感じだな】

【自分の知らない男の誘いと聞いたら心配したんだろ。会ったのか?挨拶はしたのか】

【チラッとだけ。遠めにだ。お兄さんだけど、穿ったモノの見方をすれば、それ以上にも見えたな。まるで大事な恋人でも扱うような、な】

【お前にしては鋭い洞察力だな。兄と妹ってそんなもんだってよく聞くぞ?ほら、異性の兄妹だから、兄貴は過剰に干渉したがるところ、あるみたいだぞ?】

【そんなもんか…】

【さぁな、俺には妹が居ないから解らん。まあ、俺なら放っておくが、放っておけない事情もあるからな…】

【ああ。俺も、姉貴は居るけど、ただがさつな姉貴だからな。姉と弟とはまた違うんだろうな】

【どうしても妹を守らないといけないと思ってるんじゃないかな。何も無ければそこまでじゃ無かったかも知れない。だってな、それこそいい大人なんだから。何をしていようと、男と居ようと、気にかけるくらいで止まる話だ】

【ああ。悪い、俺も帰るわ。まあ帰ってはいるけどな】

一々報告して来やがって…。

【あー、もう、お前やっぱり俺の事好きだろ】

【かもな】

は。いつもの勢いが無いじゃないか…打たれ弱い奴だな、…全く。冗談を返す気も失せてるのか。
眞壁さんの兄貴が過剰に男に反応するのは仕方ない事だ。同じ立場になってみたら…心配で堪らないだろ。
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