貴方が手をつないでくれるなら
日向…。部屋をノックして見ようか迷った。明かりが消されて常夜灯だけになっているのは解っていた。寝てるだろう。
…あの男が。もしかしたら、これからつき合う事になるのかも知れない。
ドアノブに掛けた手を動かそうかどうか躊躇った。鍵がかかっている訳ではないが。今まで許可なく入った事は一度もない。
…日向。
迷った。
ドアを開け、部屋に足を踏み入れた。
「…日向?…日、向」
薄暗闇の中、声を掛けてみた。返事はない。眠っているのか。今日は疲れたと言っていた。
ベッドにそっと腰を下ろし顔を覗き込んだ。
…日向。俺は…。こうして兄として見守らなければいけないのか。
頭を撫でた。
ずっと側で…、一番近くでずっと見て来たんだ。…日向。頬に手を当てた。
「う、…ん」
少し反応した。起きてしまうだろうか。…とうに子供なんかじゃない。日向はもう立派な大人だ。大人の女性だ。
…日向。
「ん、…ん゙~、…わっ、お兄ちゃん…どうしたの…」
「日向…」
マットに手を付き、身体を伏せ込んで顔を近づけた。…触れたくて触れられない日向の唇。目の前にあった。
「…お兄ちゃん?」
「…あ、ああ、眠れないから、日向、どうしてるかと思って。そしたら、覗き込んだら日向はよく寝てた。…悪かったな、起こして」
「あ、ううん、じゃあ…一緒に寝る?」
「ん、…いや、いい。…ごめんな、日向。勝手に入って」
頭に手を置いた。…俺は何を。
「いいよそんな事、今更。お兄ちゃんなんだし。本当に一緒に寝ないの?」
「ああ」
「私がお兄ちゃんの部屋に行こうか?」
「いや、いい」
「じゃあ、おやすみ?」
「ああ、寝よう。…おやすみ」
…はぁぁ。俺は…何をしようとしていたんだ…。咄嗟に眠れないからなんて言って。こんな夜に眠れないだなんて…。妙に感じ取らなかっただろうか。
妹なんだ。…日向は妹。家族になった日からずっと妹なんだ。俺が日向離れしないといけないんだ。
日向は俺をお兄ちゃんって、ずっとそう呼んでいるじゃないか。…はぁ。
何かしてしまっては…、気持ちを打ち明けてしまったら、一緒には居られないだろう。…遥の言った通りだ。日向が俺を男として見ないなら、打ち明けてしまったら終わりだ…。このままならずっと一緒に居られる…。
…日向。初めて見た時、人形みたいな女の子だと思った。人形がぬいぐるみを抱いていた。義母さんの横でニコニコしていた可愛くて小さい日向。人見知りもせず、俺の事、爽って呼んで直ぐ追い掛けて来た。
小さい時は爽って言ってたのに、いつの間にか、お兄ちゃんになってたな…。はぁ…俺はずっとお兄ちゃんなんだよ。この先もずっと。