貴方が手をつないでくれるなら

待ち合わせで彼女を待たせる事はしてはいけない。それは俺の居ない間に彼女に何かあってはいけないからだ。だから、…不本意ながら町田を行かせた。町田の思う壷だ。それは百も承知。遅れるのは少しだけだ。それでも一人にしておく事は出来ないと思った。
今夜は約束した映画の日。
駄目なら止めても良かったのだが、会えると解っていて、また暫く会えなくなるかもしれない事を選択するのは無しだと思った。町田が現れて驚いてはいけないから、事情は急いでメールしておいた。
…町田、妙な抜け駆けは止めてくれよな。それだけを願った。


眞壁さんはまだ来ていなかった。先についた俺は眞壁さんを待っていた。
このところ、柏木とは珍しく別行動だ。
若い奴の勉強の為だとか言って、課長が俺らの仲を引き裂いたからだ。…なんてな。
暫くエリート新人君の先生って訳だ。

はぁ…本当は俺に頼むなんて不本意、嫌だって言うのは聞かなくっても解る。頼みながらそんな気持ちが現れていた悠志のメールだった。
一人にする訳にはいかない。だから眞壁さんを任された。
しかし、あいつが来るまでって言ったら…、俺にしてみたら、ほんの僅かな時間じゃないか。

あ、眞壁さんだ。

「眞壁さん、ここです」

俺の声に気がついた。

「町田さん、すみません」

謝らなくていいのに。申し訳なさそうだな。

「いや、遅れてなんかないですよ。まだ待ち合わせの時間前です。ところで…、映画、止めません?」

いきなり段取り崩し。

「えっ?え、あの、え?でも…私、柏木さんと約束して…」

そうだよな。

「解ってます。解ってますが、ご飯に行きませんか?少し遅れるって言っても、その少しがどれくらいか解らないでしょ。途中からは入れる時間にも制限があります。それに、間に合わなかったら、あいつは完全に入れなくなってしまいます。…俺は構いませんが」

「え?」

理解し難いってところか…。でも、きっと納得するはずだ。

「ん?ハハ。んー、だったら待っていて、どこかに行く方がよくないですか?って、提案です。一緒に居ても映画館の中ではろくに話も出来ないけど、店なら話も自由だ。沢山話せますよ?」

あ、確かに。一緒に居ても話せる時間は映画館以外でだけ…。

「本当、そう言われるとそうですね。では、映画は止めて待ってましょうか」

あ、でも…町田さんと勝手に変更なんかして、それって気分を悪くしないだろうか…。映画だって思って急いで来てくれるだろうし。

「では、中で座ってましょうか」

「え、あ、はい…でもあの」

嫌な気持ちにならないかな…。

「手は、繋いでも大丈夫かな?」

「え?あ、はい、大丈夫です…え、手…?」

すっと手を繋がれた。

「あっ」

「え゙?」

「あの、私、あまり混んでないから、繋がなくても大丈夫って意味で、大丈夫ですって言ったつもりでした」

「あ、これは…、とんだ勘違いでしたね、ハハハ」

「いえ、私が曖昧な言い方でしたね。どちらにも取れるから。大丈夫って、判断が難しい言葉でしたね」

「んー、では、このままでもいい?」

「…はい、大丈夫です。あ」

「ハハハ、いいって事でいいのかな?」

「フフ、はい、いいです。ごめんなさい、ややこしくさせて。いいですも、またどっちなのか何だか微妙ですね」

どんな気持ちかで取り方は違ってくる。気持ち次第。自分の都合だ。

「本当だ。永遠、きりがなく確認し合わないといけなくなりそうだ」

結局、逸れる心配も無いのに繋いだまま移動した。
大丈夫も、いいも、お互い気持ちが同じなら、更に確認はいらない言葉だ。


「飲み物は何がいいです?珈琲でいいかな?何か飲んで待ってましょう」

「え?はい、有難うございます」
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