気まぐれな君は
紡がれた名前にどきっとして、お母さんの方を振り向いた。同じくテレビ脇の写真を見ていたお母さんが、私に視線を移す。
そうだった、猫の名前も真白だったな、と自分がどうして白くんと呼び始めることになったのか、そのきっかけを思い出して、少しだけ寂しくなった。
慣れはしないが、別れは仕方ないこともよく知っている。伊達に猫を飼っているわけではない。買っているというより、一緒に生活している、という方が正しい気も最近してきたが。
「冬に、ね。結構呆気なかったわ。もう少し頑張ってくれるかと思ったんだけど、ね」
「……長生きでしたね、白くん」
「十年近く生きたからね。真雪もそれくらい生きてくれると嬉しいなあ」
しみじみと呟かれた言葉に、痛い程その意味を理解した。
────真白くんのこと。
十年も先のことは、誰にも分からないけれど。多分その未来に真白くんがいないだろうことは、悲しいけれどほぼ確実なことだということを、ずっと見てきたお母さんたちは知っている。
いくらこのところ症状が出ていないとはいえ、油断ならない状況であることに変わりはないのだ。それを、私はちゃんと分かっていない。その場にならないと、きっと分からない。想像だけでわかるほど、簡単なことではない。
掛けられる言葉なんてあるはずがなく、少し冷めてしまって逆に丁度良くなった紅茶を一口。お母さんの方も私の言葉を待っているわけではないのだろう、中央に置かれたクッキーに手を伸ばしている。柳くんは無言で席を立つと、まだ起きる気配のなさそうな真雪ちゃんをそっと覗き込んでいた。
「……真空はさ」
ぽつり、柳くんが言葉を零す。つ、と視線を上げると、段ボールの中を覗き込んだまま。お陰で表情の視えない柳くんの感情を察する術は一つしかない。
「めちゃくちゃ優しんだよ、あいつ。いつもいつも笑顔でさ、クラスの中心でいつも笑ってるようなやつで。それでも笑わない時期があった。笑えない時期があった。でもそれを乗り越えて、今またあいつは笑ってる。その先に何があんのか、全て理解した上で」
それがどれほど難しいことなのか。まだ高校生の真白くんにとって、どれほど辛いことだったのか。
私はそれを、真白くんから直接聞いたことはない。
「おばさん、あいつ、生きたいって思ってんの。ちゃんと、最期まで。でもそんなに長く生きられないってあいつが一番分かってんだよ、……だから、また猫を飼おう、って言い出したんだ。また、子猫から」
私は何も言わない。お母さんも何も言わない。