ミステリアスなユージーン
こんな……こんな自分を私は想像すらしていなかった。

私に恋人が出来るより先に課長が婚約したら、言う台詞だってちゃんと考えていた。

『課長おめでとうございます。今日をもってお別れですね。今までありがとうございました』

ちゃんと彼の眼を見てしっかり……。

その時、上手く息が吸えなくて、私の喉からヒュッと音が漏れた。

頬を伝う涙が思いの外速くて追い付けず、私はそれを拭う事を諦めて佐渡君を見上げた。

……この男は……一体何が目的なのだろう。

どうして私を自宅に連れてきたのだろう。

この男が入社してからまだ日は浅い。

私と仕事をするようになってまだ数日しか経っていないのだ。

従ってお互いに何も知らないし、自宅に招かれる間柄でもない。

なのに課長との事を鋭く見抜き、心が泣いているとダメ出しにも似た指摘で私を揺らす。

そこまで考えた時、胸にジリジリと焦げるような痛みと共に、くゆる黒い煙が生まれた気がした。

切り込んだような佐渡君の二重の眼が、私を静かに見つめている。

「……誰にも言わないって言ったよね。それにもっと泣いてもいいって」

掠れた私の声に佐渡君はゆっくりと頷いた。

「言いました」

落ち着き払った声に、無性に苛立ちを覚えた。
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