ミステリアスなユージーン
でも、私達はもうそんな関係じゃない。

店を出た先の歩道には人も大勢行き交っていたけど、スーツ姿の課長が私を抱き寄せるのは些か眼を引く。

「課長、大丈夫です、私」

「……俺が……こうしたいんだ」

「……ダメです。課長は婚約したんですよ?こんなの良くないです」

腰に回された課長の手を解こうとした時、課長が私の後頭部に手を回した。

アッと思った時にはもう遅かった。

私の唇に課長の唇が重なり、私は瞬間的に硬直した。

だってこんなのもう望んでないもの。

わたしはもう、課長にキスを返すことは出来ない。

課長は唇を離すと、キスに答えない私の眼を訝しげに見つめた。

なにかを探るような課長の表情に、喉の奥がキュッとしまる。

「なあ……菜月……」

無邪気に微笑み、悪びれる様子もなく私を見る課長。

課長は、分かっているのだろうか。私が傷付いていることを。

こうされる事を、私が望んでいるとでも思っているのだろうか。

「……佐渡と付き合ってるなんて嘘なんだろ?」

「……どうしてですか?」

課長は何でもないと言ったように即答した。

「ブレイクルームでお前、不自然だったから。あんな猿芝居で俺が納得するかよ」
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