金木犀の季節に
家のドアを開けると、リビングから「おかえり」という声がした。兄だ。
「ただいま。お兄ちゃん今日早かったんだね」
県立高校で教員をやっている十歳年上のこの男はいつも帰りが遅い。
「うん。今日は文化祭の代休だったから部活だけ見て帰ってこれたんだ」
「へ〜。お疲れ様」
ふと、私は思った。
当たり前のように会話をしたけれど、寿音ちゃんは、彼女のお兄ちゃんである奏汰さんとお話できるのは、今日と明日と明後日の朝だけ。
私は毎日のようにこの男から馬鹿にされたり、使いパシリにされていて、正直に言うと、兄が早く帰ってくるのは嫌だ。
しかし、三ヶ月に一回くらいは、仕事帰りに駄菓子を買ってきてくれる。
考えてみると、いいことだって少しは思い浮かぶ。
兄妹が普通に一緒にいられる。
家族は全員元気。喧嘩をしても仲直りができるーーーー。
こんな、何気なく過ごす日々のサイクルを、「幸せ」と呼ぶのだろう。