金木犀の季節に




雨は気づけば止んでいる。
自分のバイオリンを出して、G弦を外す。
なれた作業のはずなのに、手が震えてうまくできない。

なんとか外し、その代わりに奏汰さんの弦を張った。
二週間ほど前に、先生から言われて、弦をナイロンからガットに変えたけれど、この時のためだったのではないかと思う。

「奏汰さん、手出して」
その大きな手のひらに、私のG弦を乗せる。
「私は、絶対あなたのことを忘れないし、この弦だって捨てない」
視界が滲んで、奏汰さんの表情が見えない。
「……っほら! もう私のバイオリンに張っちゃったよ」
うまく笑えているか、自信はなくて。
でも、目の前の彼が笑顔だから。私も笑うの。


「天気が良くなったね」
茜色が照らす端正な横顔を見つめ、静かに流れる時間を恨んだ。
「ほら、夕日が綺麗だよ」
海の方へ沈んでいく太陽を見つめ、奏汰さんが呟いた。

生ぬるい空気の中に、金木犀の香りがした。

甘くて、切なくて、心が震える。

「離れても、私はきっと、あなたの演奏を探して生きるよ」
寂しさに染められた静寂に、思いの葉を落とす。

音楽は、永遠だから。
この二つのコルダがまた、私たちを繋いでくれるはず。


「世界で一番、奏汰さんのバイオリンが好き」




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