金木犀の季節に


「これ、奏汰さんのバイオリンの」
「G弦だよ」
「え、私に?」
「うん」


「自分勝手だと思うけど、聞いて欲しいんだ」


この人の言うことならなんでも聞いていたい。
私は頷いた。

「バイオリンの弦ってイタリア語でcorda(コルダ)って言うんだけど、それには『繋がり』っていう意味があるんだって」

その一言で、どうしてこの人が私に弦をくれたのか、分かった。

「これから死ぬやつの弦なんて気持ち悪いだろうから、捨ててもらっても構わないんだ」

柔らかく三日月を描く目には、輝きがなかった。
まるで、すべてを諦めて、何かを見据えているような……。

「でも、この世の人との繋がりを残して、一人の人間として俺は死にたいんだ。
……だからさっ」

この時、奏汰さんの顔が悲しそうに歪むのを初めて見た。

「今だけは受け取ったふりをしてください」
「……」


私は何も答えなかった。





< 56 / 98 >

この作品をシェア

pagetop