金木犀の季節に





にわかに吹いた風が、ほとんど散った金木犀の香りを運んだ。
初めて会った日の『タイスの瞑想曲』を思い出して、胸がぎゅうっと掴まれる。

私の左手が、奏汰さんの右手にぶつかった。
「……あ」
目と目があって、何も言えなくなって。
……それなのに、目は離せなくて。
目を閉じたら、この人しか浮かばないくらい、見つめていたい。

「花奏ちゃんの夢ってなに?」

もう、諦めたの。
諦めたつもりなのにーーーー

「バイオリニスト」

言葉は勝手に出てきた。
溢れ出したそれは、とまらない。

「奏汰さんみたいに、人の心を溶かせるようなバイオリニストに、私はなりたい」


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