金木犀の季節に



にっこりと微笑んだ奏汰さんの頬に一筋、涙が流れているのが見えた。

「……よかった。
何かを残すことが出来て、よかった」

それは、人生の中で見た笑い顔で一番、美しかった。

「三日間だけだったけど、君と過ごせて、最後の瞬間まで人として生きようと思えたよ。
……ありがとう」
死ぬ日も、死ぬ理由も決まっているのに、勇気を持って生きている。
「花奏ちゃんのバイオリンが、俺に勇気をくれた」
この人の安らぎの場所に、少しでもなれたのなら、素直に嬉しい。
「海軍に入ったその瞬間から、俺は自分を人殺しだと思って生きてきた。
お国のために華を咲かせられたら、それでよかった」
静かに次の言葉を待つ。
「音楽学校に行くか悩んだんだけど、戦争が始まって」
戦争が、奏汰さんの未来を変えた。

「いつかは戦いに行かなければならなくなるだろうから、それならいっそのこと、軍人を職業にしたいって思って潜水学校に行ったんだ」

潜水学校は、軍学校だったと、やっとわかった。


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