僕と家族と逃げ込み家
「本当はね、源さんが明穂ちゃんに『亮君をアメリカに連れて行け』って言ってたの。そのために帰国させたのよ」

「えっ、ちょっちょっと待って下さい。じゃあ、『行かせる、行かせない』の喧嘩は、明穂さんの方が『行かせない』って断っていたんですか?」

「そう。今更だと思ったのね。源さんを一人にするのが忍びなかったみたい。でも、たぶんなんだけど、源さんは自分の死期が近いと感じていたんじゃないかな」

「そう言えば」と母が話し始める。

「ダーリンが亡くなる前の日だったかしら、『春太の誕生日祝いはこれにした。預かっておいてくれ』ってプレゼントの包みを渡されたの」

あっ……腕時計。

「いつもは一緒に買いに行くのに、珍しいなぁって思ったのよね」

死期が近いと感じたから?

「でね、それを私に預けながら『春太を生んでくれてありがとう』って照れながら言ったの」
「……先生」

トヨ子ちゃんの涙ぐむ声が聞こえると同時に、僕の瞳からもポロッと一粒涙が零れる。

「あの時、思ったの。ああ、この人は本当に私と春太を愛してくれているんだって」

グッと胸が詰まり、涙が次々溢れてくる。

「明穂と亮の父親も愛し合っていたのよ」
「えっ! 喜子さん、本当ですか? じゃあ、なぜ結婚しなかったんですか?」
「トヨ子ちゃんがそう思うのも無理ないわ……亡くなったの……病気で」

嘘っ! 未婚だと聞いていたが……亡くなっていたなんて。

「明穂のお腹に我が子がいることも知らずにね……でも、明穂は迷いもなく生むって言ったの。彼の忘れ形見だからって」

――ということは……亮は母親に滅茶苦茶愛されているのでは?

「皆、愛するものを置いて死んじゃうなんて……本当、バカヤローだわ!」

母が今は亡き人々に向かって、愛おし気に叫ぶ。
うん……本当に愛しきバカヤローだ。
< 184 / 198 >

この作品をシェア

pagetop