nocturne -君を想う夜-

久々に浸かった湯船から熱が伝わり、じんわりと体が温まっていく。
そんなことにさえ、思い出は募る。
湯船に肩を暖めながら、思い出すのは過去の温もり。
寒さに肩を震わせた日には、彼がお湯を張って待っていてくれたっけ。
その湯船から香るのは、ふたりのお気に入り、カモミールの甘い入浴剤の香り。
心安らぐ甘い香りと、幸せな気持ちをいつもふたりで共有した。
優しくて甘い香りをふたりで纏い、滑り込んだベッドは、いつだって暖かくて。
じゃれて甘えて、すべてを受け止めてくれたその手は、私よりもずっと大きくて。
まるでかわいい女の子みたいに扱ってくれるから、いつもその時だけは、ずっと、ずっとこの関係を続けていきたいと思ってた。
なにかにすがるように、ずっとそう思っていた。

「はぁ……」

こぼれ落ちた溜め息はあの頃とは違う、爽やかな香りに溶けていく。
いくら反芻したって、もう戻ることはないのだとわかっているのに、いつまでも思ってしまう。
切ないなんて感情は、涸れ果ててしまえばいいのに、そんなことを思うのは今日が初めてでは無い。
戻りたい訳じゃない。
きっと戻った所で、私には同じ選択しかできないから。
けれど、もっと色んなことを伝えることは出来たのかもしれない。
後悔をするのはいつもそこ。
伝えなきゃいけないことは、たくさんあったはずなのに。
彼はたくさん、伝えてくれたのに。

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