nocturne -君を想う夜-

ジ、ジジー、ジ……
レコード特有の、わずかなノイズの後、軽やかに流れ出したメロディ。
男性ボーカルの暖かくまっすぐな、それでいて柔らかな声が響く。
空気に溶けるその歌声が、私の涙腺を刺激する。
遠いあの日。
私は彼に捨てられたフリをして、本当は自ら手を離したのだ。
いつまでも、どこまでも優しかった彼に渡すことのできた、最後で唯一の私の優しさだと思うけれど、それもきっと独りよがりのわがままなのだろう。

『さようなら。あなたのことはもう要らない。あの子のところへ、行けばいい』

泣いてすがることをしなかったのは、それが優しさだと思いたかったから。
それがたとえ別れの言葉だとしても、持てる私の唯一の優しさだと思っていたかったのだ。

けれど、年月を経た今、本当は気づいてる。
いや、あの時だって本当は気づいていた。
私が告げた別れの言葉は、優しさなんかじゃなく、ただ、彼に別れの言葉を言わせたくなかっただけの防御策。
決定的な決別を、最終宣告を、彼の口から聞きたくなかっただけの、ただの弱さだ。

あるいは、彼の声で別れの言葉を聞いたのならば、泣いてすがることができたのだろうか。
そうしたら未来は変わっていたのだろうか。

『俺はそんなに、頼りないかな。……最後まで、俺の前ですら、弱音も涙も見せなかったね。今までありがとう』

投げ掛けた別れの言葉にさえも“ありがとう”と彼は言った。
こんな私のわがままに、最後まで。


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