意地悪な彼の溺愛パラドックス
――カチッ、ガチッ!
「なんかもう、あのときはカオスな感じで」
「で?」
「大変スミマセンでした。このご恩とご無礼は一生忘れません」
「それで済むと思ってんの?」
頭を下げる私が恐る恐る見上げた彼の表情は、意地悪さもはなはだしい。
悪魔の微笑みに、身の毛もよだつ惨事を恐れた。

それから数日後、幼い歓声に囲まれて盛り上がる今日は日曜日。
『ペナルティーだ』
あのとき、禍々しくそう言った彼の手に握られていたのは、ネコ耳とウサギ耳のカチューシャ。
思わずドン引きして趣味を疑ったわけだが、結論からするとそういうことではなく、ただイベントで宣伝しろというだけのこと。
ほかにもあったピカピカ光る王冠やティアラのカチューシャは、来月から販売が始まるレインボーキャッスルのオリジナルグッズ。
王子様とお姫様、ネコとウサギ、この世界にはジャンルなんてないらしい。
なんたって私の隣では今、二メートルを超えるオレンジ色のクマが軽快に踊っているのだから。
心配になりコソコソとクマの顔に話しかけた。
「ペース上げすぎじゃない? 大丈夫?」
返事の変わりに両手で大きなマルを作った着ぐるみの中身は、大和くん。
このクマは遊びに来た子供たちと、戯れたり記念撮影をしたりする役目を担っている。
そして彼の体調を気遣いながら、イベントを進行させるのがこの時間の私の仕事だ。
十三時から始まり、瞬く間に家族連れで人だかりができた。
ゲーム機スペースの隣、子供向けの大型遊具があるスペースの一部には、イベント用の小さな広場がある。
私はピンマイクをオンにして、前置きも中程に子供たちを前へ集め、腰のポシェットからペンシルバルーンとハンドポンプを取り出した。
それから形作り始めたのは長い耳。
ビビッドピンクのバルーンをキュッとねじりながら、完成の手前で「これなーんだ?」と問いかければ、ちぐはぐな答えが飛んでくる。
「ねこ?」
「いぬ!」
「うさぎ! うさぎさん!」
一番に正解した子に、私はパッとバルーンアートを仕上げて手渡した。
「あたり! ウサギさんでーす」
手を伸ばすその子の笑顔はキラキラしていて、胸の奥からホカホカとあたたかい優しさがあふれてくる。
「おねえさんの耳もウサギだね」
「う、うん」
私は言われて照れながら、自分の頭から生える長い耳をつつく。
少しの恥ずかしさとドキドキを抱き「もっとつくって」と言う声に、とびきりの笑顔を返した。
ウサギ耳を着用していること以外はいつもと大差ない内容だが、実は店長になってから業務上なかなか担当できずにいたので、私にとって久しぶりのイベント。
会議で先立って発表するのは苦手でも、子供たち相手なら、ありのままでいられるから好き。
こういった触れ合いで、元気をもらえる気がするのだ。
私はクマの様子を確認しながら、今度はイエローのバルーンに空気を入れる。
「じゃあ次は、ちょっと怖い動物だよ」
小さいバブルをいくつも作り、タテガミに見立てヒントを出す。
顔や身体に取りかかるうち早くも答えが出るという、こんな掛け合いを何度か繰り返した。
正解できなかった子のために、あらかじめ用意していたバルーンアートも配り、三十分ほどのイベントは無事に終わる。
「おねえさん、ありがとう!」
子供たちを見送りながら、達成感とうれしさに頬が緩んだ。
あの日から悶々として沈んでいた気持ちも、少しだけスッキリしたような気がする。
ずっとショックで心に穴が開いたような、浮いた日々だった。
強がりが得意な女は誰かにそれを見せないし、失恋で仕事ができなくなるほど柔ではない。
けれど、毎晩ひとりで枕を濡らしたのは事実。
もしかしてイベントスタッフ任命は、元気のなかった私への彼の優しさかもしれないなんて、都合のいい勘違いだろうか。
悔しいけれど彼には感謝だ。
……いや、そもそもの事の発端というか、問題があるのは柏木遼ではないか。
奥さんがいるにも関わらず、コソコソと髪を触ったり家に連れ込んだりと、ふしだらなこと極まりない。
私は知らずに好きになってしまっただけで、執拗に迫ったりしていないのだから、考えれば考えるほど被害者。
罠にかかったウサギだ。全部奴のせいだ。
そうヤキモキしていると、フラッとゲーム機の間から現れた人影に驚いて息をのんだ。
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