意地悪な彼の溺愛パラドックス
もう一度問いかけようとするのだが、彼はすかさずスマートフォンを私の目の前に出して言う。
「見ろよこれ」
仕方なく言われるままに画面を覗き込むと、見覚えのあるウサギ耳をつけた私が映されていて仰天した。
「なっ、なにこれ」
「どこのかわいい子だろうね」
「なんで!? ってゆうか、バカにしてるでしょ!」
「まさか。かわいすぎてデジカメから移したのに」
「アイリちゃんのならまだしも……。消してください、恥ずかしすぎる」
仕事中なら差し支えないが、プライベートでこうして残されては面目がない。
頬を両手で覆い隠し、どうにも言いようがなく見つめ上げて訴えていると、鼻歌交じりに「いい顔」と顎を掬い上げられる。
そういえば意地悪い顔の彼は、恥ずかしい顔がたまらないと言っていた。
ドキッとして行き場の少ないキッチンで右足だけを下げるが、私を掬い上げた彼の親指が唇をなぞり色めき立つ。
もう片方の手が背筋を這いゾクリとして背を反ると、すぐについばむようなキスが降り積もった。
高揚した後にスッと入り交じるメンソールの刺激は、私よりも先に煙草を吸ってきたのがバレバレで、少しだけ嫉妬した。
時間の流れる速さなんて関係のない私たちが、リビングのローテーブルに皿を並べた頃には、せっかくの朝食も常温になり「冷めちゃったね」と、私は残念に思い不満を漏らす。
頬張ったトーストはパサパサしていて喉にへばりつくので、甘たるいコーヒーで流し込んでトントンと胸を叩いた。
「俺、なんでもおいしく食べられる人」
黙々と食べる彼は、偉いだろと言わんばかりに胸を張って、前髪をフフンと鼻息で揺らした。
それと同時に、解放的な窓から入り込む春のそよ風が、私たちの髪先をなでて消える。
陽だまりはサニーレタスにかけたドレッシングをキラキラと照らし、私はのほほんと春の匂いを探した。
「いい風。もうすぐ四月ですね」
「春になると、昔からよく頭おかしい人が増えるって言うよね」
「あぁ、聞いたことあります」
「一年中おかしい人もいるけどね」
「言うと思った。私子供じゃないので、いちいち怒りませんよ」
「チッ」と舌打ちをした彼は、綺麗に食べ終わった食器を重ねマグカップを手前に持ってきて、ひと口飲んでから「そうだ。四月といえば」と私を見た。
「……え、移動?」
フォークの先に刺したバナナがスルッとすべり落ちる。
別れを知るにはあまりにも唐突で、素っ気なかった。
寝ぼけた彼に根拠はあったのだ。
「四月からは田辺っていうオッサン。まぁ、ほどほどにがんばれ」
「移動、ですか」
聞けば担当エリアの配置換えで、来月から柏木マネージャーは私の店舗には来ないそう。
私たち店長やスタッフが移動になったり、仕事内容が変更になったりすることは一切なく、マネージャーが変わるだけでなんの変哲もないと言う。
付き合う前に、あと一ヶ月待てばよかったと言った理由は、こういうことだったらしい。
「エリアは遠くないから会議では会うだろうし、あんまり変わらないと思うけどね」
「変わりますよ」
プライベートで会えなくなるわけではないけれど、私は寂しい。
手持ちぶさたにもう一度バナナを刺して持ち上げるが、一センチも上がる前にスルリと落ちる。
「不安なの?」
「不安というか……」
「俺と違って自信家で偉そうな人だけど、慣れれば大丈夫だって。心配するな」
「柏木マネージャーさんも、だいたい自信満々に偉そうですが」
「否定はしない」
私の〝不満〟はそっちではないのだけれど、どうやら届かないようだ。
付き合う前の方が、もしかしたら彼は私を見透かしていたかもしれないと、もっと気づいてほしいのにと、私を元気づける彼の優しさが足りなく思ってしまうワガママな自分に腹が立つ。
もしもアッサリしすぎだと文句を言ったら、重苦しい女だと思われるだろうか。
「なにしてんの」と、取り上げられたフォークにはしっかりと刺さるバナナが憎らしくて、口もとに差し出されたそれにガブリとかぶりつく。
人の気も知らないで、目の前の彼はケラケラと楽しそうに笑った。
「見ろよこれ」
仕方なく言われるままに画面を覗き込むと、見覚えのあるウサギ耳をつけた私が映されていて仰天した。
「なっ、なにこれ」
「どこのかわいい子だろうね」
「なんで!? ってゆうか、バカにしてるでしょ!」
「まさか。かわいすぎてデジカメから移したのに」
「アイリちゃんのならまだしも……。消してください、恥ずかしすぎる」
仕事中なら差し支えないが、プライベートでこうして残されては面目がない。
頬を両手で覆い隠し、どうにも言いようがなく見つめ上げて訴えていると、鼻歌交じりに「いい顔」と顎を掬い上げられる。
そういえば意地悪い顔の彼は、恥ずかしい顔がたまらないと言っていた。
ドキッとして行き場の少ないキッチンで右足だけを下げるが、私を掬い上げた彼の親指が唇をなぞり色めき立つ。
もう片方の手が背筋を這いゾクリとして背を反ると、すぐについばむようなキスが降り積もった。
高揚した後にスッと入り交じるメンソールの刺激は、私よりも先に煙草を吸ってきたのがバレバレで、少しだけ嫉妬した。
時間の流れる速さなんて関係のない私たちが、リビングのローテーブルに皿を並べた頃には、せっかくの朝食も常温になり「冷めちゃったね」と、私は残念に思い不満を漏らす。
頬張ったトーストはパサパサしていて喉にへばりつくので、甘たるいコーヒーで流し込んでトントンと胸を叩いた。
「俺、なんでもおいしく食べられる人」
黙々と食べる彼は、偉いだろと言わんばかりに胸を張って、前髪をフフンと鼻息で揺らした。
それと同時に、解放的な窓から入り込む春のそよ風が、私たちの髪先をなでて消える。
陽だまりはサニーレタスにかけたドレッシングをキラキラと照らし、私はのほほんと春の匂いを探した。
「いい風。もうすぐ四月ですね」
「春になると、昔からよく頭おかしい人が増えるって言うよね」
「あぁ、聞いたことあります」
「一年中おかしい人もいるけどね」
「言うと思った。私子供じゃないので、いちいち怒りませんよ」
「チッ」と舌打ちをした彼は、綺麗に食べ終わった食器を重ねマグカップを手前に持ってきて、ひと口飲んでから「そうだ。四月といえば」と私を見た。
「……え、移動?」
フォークの先に刺したバナナがスルッとすべり落ちる。
別れを知るにはあまりにも唐突で、素っ気なかった。
寝ぼけた彼に根拠はあったのだ。
「四月からは田辺っていうオッサン。まぁ、ほどほどにがんばれ」
「移動、ですか」
聞けば担当エリアの配置換えで、来月から柏木マネージャーは私の店舗には来ないそう。
私たち店長やスタッフが移動になったり、仕事内容が変更になったりすることは一切なく、マネージャーが変わるだけでなんの変哲もないと言う。
付き合う前に、あと一ヶ月待てばよかったと言った理由は、こういうことだったらしい。
「エリアは遠くないから会議では会うだろうし、あんまり変わらないと思うけどね」
「変わりますよ」
プライベートで会えなくなるわけではないけれど、私は寂しい。
手持ちぶさたにもう一度バナナを刺して持ち上げるが、一センチも上がる前にスルリと落ちる。
「不安なの?」
「不安というか……」
「俺と違って自信家で偉そうな人だけど、慣れれば大丈夫だって。心配するな」
「柏木マネージャーさんも、だいたい自信満々に偉そうですが」
「否定はしない」
私の〝不満〟はそっちではないのだけれど、どうやら届かないようだ。
付き合う前の方が、もしかしたら彼は私を見透かしていたかもしれないと、もっと気づいてほしいのにと、私を元気づける彼の優しさが足りなく思ってしまうワガママな自分に腹が立つ。
もしもアッサリしすぎだと文句を言ったら、重苦しい女だと思われるだろうか。
「なにしてんの」と、取り上げられたフォークにはしっかりと刺さるバナナが憎らしくて、口もとに差し出されたそれにガブリとかぶりつく。
人の気も知らないで、目の前の彼はケラケラと楽しそうに笑った。