意地悪な彼の溺愛パラドックス

彼と満足に会えないまま半月が過ぎて、我が店舗はレイアウト変更を迎えた。
開始は閉店後の二十二時。
簡単にいうと店内ゲーム機の配置替えだ。
店舗スタッフに合わせ、本部からエリアマネージャーの応援も数名、みんなで田辺さんの図案をもとにひたすら力仕事と配線作業。
「終了目標時刻は二十四時です。よろしくお願いします」
田辺さんの号令がかかり、私たちスタッフは「えいえいおー」と片手に持つ工具を振り上げる。
ムードメーカーの大和くんと、常にハイテンションのユリちゃんを先頭に、気合いを入れてそれぞれ散っていく。
私も笑顔で作業にかかろうとしたところで、田辺さんの制止がかかり事務所へと呼び出された。
「もっと真面目にお願いします!」
「気合いと団結ですよ。田辺さんもご一緒にどうぞ」
「馬場店長!」
「はいっ!」
開けっ放しのドアを背にして、私は「うへぇ」と渋い顔をしながら首をすくめる。
真面目なのは大切だと思うけれど、お通夜のような静けさでははかどらない。
娯楽を提供する私たちには、適度な楽しさも必要だ。
と思う私の持論を軽く説明すると、田辺さんはまた「馬場店長!」と血圧を上げた。
「あなたは仕事に対して責任がないんですか?」
「あ、ありますっ!」
半月のうちに理解した田辺さんの性格。
自分より下の者に意見されたくない、命令は四の五の言わず聞かせたい。
なにより、問題を起こされたくない。
もしもこの人が店長成り立てのときのマネージャーだったらと、考えるだけで恐ろしい。
私としてはどうせ一年間付き合っていくのなら、少しでも打ち解けようと思うのだけれど、今のところうまくいかず怒られては嫌味攻撃。
それでも精神的に安定しているのは、柏木遼に鍛えられたからなのか、仕事に慣れたからなのか。
人は日々成長するものだと、静かに心を澄み切らせる。
「もとは二十代で店長なんて、できるわけがないのですよ。その考え方も幼稚です」
「そうでしょうか? 私はただ……」
「上司に口答えする時点で未熟な証拠! くれぐれもトラブルは起こさないでくださいね!」
勢いに押され「うぐっ」と私が口を結ぶと、田辺さんは荒い鼻息を吹いて、トドメでも刺すかのように口を開いた。
「わかりましたか!? よろしくお願い……」
「それ、田辺さんの偏見ですよね」
しかし刺し終える前に、そううしろから軽く言ってのける声が振ってきて、田辺さんは私への言葉をのむ。
少し堅い声色と低めのトーンは仕事中ならでは。
頬を染めて振り向くと、いつものスーツ姿とは違ってジップアップパーカーにジーンズの、ラフな格好をした彼が悠々と立っていた。
「未熟だと思うなら頭ごなしに怒鳴るよりも、計算して叱るべきじゃないですか?」
「……貴重なアドバイス、ありがとうございます。そちらのトラブルは解決したのですか?」
「えぇ、おかげさまで。遅れてすみません」
「いえ。よろしくお願いします」
田辺さんは彼に軽く頭を下げると、話途中にも関わらずスッと事務所から出ていってしまう。
途端に間抜けな声に切り替わった彼は「軍手とスパナあるー?」と、辺りを見回し始めた。
私はそれが奇怪でたまらない。
「田辺さんが嫌味を言わないなんて、なぜ?」
「だって俺のが立場は上だもん」
「同じエリアマネージャーなのに?」
「このたび、兼任でエリア部長に就いたもので」
「そうだったんですか。おめでとうございます?」
「ムダに忙しいのなんのって。まったく」
そうならそうと言ってくれれば、変な不安も和らぐのに。
ひとりナーバスになっていた私はピエロか。
彼は彼でため息をつきながら、私の頭に腕をのせて寄りかかり、ふたつ縛りにしていた髪先をクルクルと指に巻きつけては解きほぐした。
「お、重いです」
「今日もサラサラだね」
「それはどうも」
「会えなくて寂しかった?」
「……いいえ」
少しくらいはヤキモキさせてやろうと強がってみるも、会いたかった思いは募り今にもあふれそう。
ムッと頬を膨らませてこらえる私を覗き込んだ彼は、おもしろくなさそうに目を細めた。
「本当に?」
試すような尋問と彼の体重が、頭上から圧力をかける。
すぐ目の前にいるのなら有無を言わず抱きしめてほしいに、私ばかり焦らされて癪だ。
「バカヨは会いたいって言わないもんな。そっか、平気だったのか」
「……もうっ、平気じゃないですよ!」
痺れを切らした私は彼の腕を払いのけて、ついでに胸ぐらをつかみ引き寄せる。
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