意地悪な彼の溺愛パラドックス
桜前線が運ぶ花びらは少し寂しい色。
一日に一、二通の繋がりは私からが大半で、休日もまともに取れていないらしく、しばらく忙しいの文字とちょっと間抜けなごめんの顔文字。
私たちに訪れた四月は出会いよりも別れのようで、忙しい彼の重荷にならないよう我慢し信じる日々は切ない。
どうしてこういうときこそ、安心する言葉を言ってくれないのだろうか。
冗談だとしても大和くんの提案を一蹴されて、なおさら引きずっているというのに。
だから、寂しいのではなくて切ないのだ。
会いたいと言ってくれないがために会いにいく勇気がでない、私の言い訳。
「馬場店長、店長の経験はまだ一年だそうですね。くれぐれも私の指示通りに、勝手な行動は慎むよう、よろしくお願いします」
「はぁ、よろしくお願いします」
事務所の室内でふたり、向かい合ってかしこまる。
丁寧な物言いになのに優しさを感じられないそれは、彼ではなくて、見るからに偉そうな田辺さんという新マネージャー。
ツーポイントフレームの眼鏡をかけたその奥から注がれる、蔑むような視線と、胸を張るせいでアピールされるメタボリックシンドローム。
五十代前半くらいの男性で、誰がどう見てもウィッグだろうという、不格好な七三分けの黒髪を頭にのせている。
皮肉めいた初対面の挨拶をされて、これからの方向性を聞いた後。
田辺さんはネチネチと嫌味を練り始めた。
「前マネージャーの報告書では、アイディア性に優れているとありましたが、私は認めません」
「報告書?」
「簡易的なものです。一応は参考にしますが、私は……」
「柏木マネージャーが書いたんですか?」
「ほかに誰が書くのです?」
「ちょっと貸してくださいっ」
田辺さんがパラパラとめくりながら言ったファイルを、無理やり拝借してみると、内容は主に引き継ぎのための報告書。
前マネージャーによる店舗の傾向や売上高伸び率、店長の評価などが記してあった。
私は一番下の店長評価欄に視線を走らせる。
――店長としての経験が浅く対応の柔軟性に不安はあるが、指導により改善していける。コミュニケーション能力が高く、接客時や従業員との信頼関係をよく築けているので今後に期待。また、枠に囚われないアイディア性に優れていて売上に貢献した――
「これはあなたが読むものではありませんよ!」
田辺さんはガバッとファイルを取り戻し、つい粗野な振る舞いをしてしまった私を睨む。
「すみません」と首をすくめると、ゴホンと咳払いして苦言を呈した。
「とにかく、前マネージャーはリスクを負うことに躊躇いがないので困ります。馬場店長はあきらかに経験不足ですから、商品展開に関しても必ず一報入れるように」
「はーい」
反省しつつも、知らぬ間に仕事で前向きな評価をされていたことに、うれしさがあふれる。
私の伸びた語尾に田辺さんは眉を寄せて「以上です!」と切り上げ、慌ただしく帰り支度を始めた。
「忙しそうですね」
「店長は暇でも、マネージャーはこの時期忙しいのですよ。レイアウト変更も控えていますから」
「そうですか、お疲れ様です」
たびたびの嫌味も、今の私なら無効化できる。
なんならにこやかに手も振れる。
そんな私に危惧してか、いとわしげに見る新マネージャーを満面の笑みで見送った。
田辺さんが忙しいということは、彼の忙しいも嘘ではないだろう。
新しいエリアで、新米店長やベテラン店長の対応に追われているはず。
髪の長い人を捕まえて触るなんてセクハラは、多分私にしかしないと信じている。
ほんの少し不安になると疑い出すのは乙女心。
彼の仕事が落ち着いたら、会いに行こうと思う。
まぁ、今すぐ会いにきてほしいというのが本音だけれど。