意地悪な彼の溺愛パラドックス
デートといっても、今日は大和くんと里央さんの家にお邪魔する予定。
里央さんは先週、退院したばかり。
無事に元気な男の子を出産したのだ。
情報は逐一、大和くんから聞かされていたので、私はこの日を待ちわびていた。
仕事で顔を合わせるたび「俺にそっくりでイケメンなんだ!」と、写真と溺愛ぶりを披露する大和くんいわく、自分よりも大切だと思える家族を抱ける喜びというのは、半端ではないそう。
素敵で、あたたかい、そんな彼らを見ていると私も幸せ。
手土産はなににしようなんて考えながら、まずは彼の待つ場所へ。
オフショルダートップスのフリルを揺らして息を弾ませた。
待ち合わせは、虹のふもと。
朝のスライム具合からは想像もつかないほど、スイッチの入った彼はなかなか惚れ惚れする。
三列目に長い足を組んで座り、スマートフォンを手に暇を潰す彼の背後から驚かせてやろうと、深い笑窪の顔でソロリソロリと忍び寄る。
しかし、あと二歩のところで「お疲れ」と振り向き微笑んだ彼に、逆に驚かされた。
「なんで?」
「超能力」
「うそつけ」
「俺にはバカヨレーダーがあるんだよ」
ふざけた彼は私の訝しげな眼差しを適当にあしらい席を立つ。
私はそれが出発の合図だと思った。
「じゃ、大和くんち行こうかっ! 楽しみだったんだ」
「そう急ぐなって」
小躍りする私を「少し休憩しよ」となだめて自動販売機へ向かう。
ガコンガコンと落ちる音がして、戻ってきた彼から差し出しされたのはブラックの缶コーヒー。
私は「うっ」と顔をゆがめ、見栄を張っていまだに言えていなかったことを暴露しようと決意した。
「実は私、ブラック飲めないの」
「知ってる」
なんてことなく即答した彼に「え?」と目を丸くすると、クスクス笑い子供だとバカにする。
そしてミルクティーの缶をペトリと頬にあてがわれた。
「ひぃっ!」
「なにその悲鳴。お前ってつくづく不思議な生物だよね」
「いきなり冷たいんだもん!」
急激に冷えた頬をさすりながら、いろいろな不満に唇を尖らす。
彼が待っていた長椅子にふたりで並び、プルタブをプシュッと鳴らしてひと息つきながら、私はブーブーと文句をつけた。
飲めないと教えた記憶はないし、現に何度かブラックのコーヒーをもらったことがあるし、どう考えてもミステリー。
「お前わかりやすいんだよ。付き合う前から知ってたぞ」
「それなのにコーヒーくれてたの!?」
「バカヨのことだから捨てられないで、がんばって飲むんだろうなぁって」
「変態」
「そういう性分なんだ。コーヒーを渡されたときの困った顔が癖になるのなんのって」
ペロッと舌を出す彼は前髪をかき上げ、虐げるように見下ろしてくる。
そして私の火のついた頬に油を注いだ。
「ちなみに一番好きなのは、髪を触ってるときのバカヨの耐え難い表情。たまらないね」
「ちょ、ちょっと待って。なにそれ、いつから!?」
「いつからって、ずっと」
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
顔がにじんでとろけそうだ。
つまり鏡越しに私を見ていたのは、私だけではなかったということ。
ギュッと目をつぶり私が必死に隠していた顔に、彼は初めから気づいていた。
趣味か好意か、意地悪な彼の割合は七対三くらいだろう。
となると会議のプレゼンのご指名も確実にこいつが黒幕だ。
私の左でニマニマと唇を噛む彼から顔を背けて、缶を握る手に力を込める。屈辱感にうつむくと、彼はすかさず私の肩に右腕を回して、左手で顎を掬い上げた。
「この顔、大好き」
「意地悪! ひとりで楽しんでたなんてっ」
「いやいや、俺も大変だったんだ」
「なにが!」
「超絶かわいいもんだから、思わず抱きしめたくなっちゃってさ」
そう言って距離を詰められ、オフショルダーから鎖骨を妖しくたどる指先に誘惑される。
やがて甘い吐息が疼くと口づけのサイン。
この空間では、観葉植物が一応は隠してくれているけれど、それでも人足はあるから私はパニックだ。
< 67 / 68 >

この作品をシェア

pagetop