意地悪な彼の溺愛パラドックス
どうしようもなくて力いっぱい視界を閉ざしたのだが、間合のなくなった唇同士は触れるどころかすれ違う。
キョトンとした私が首を傾げる頃には、お腹を抱えて吹き出す彼がいた。
「……愉快犯め」
手のひらで踊らされているのに、なぜか心の奥底にうれしい気持ちのお花畑が広がるなんて。
彼が巧妙にくりなすトラップにハマっているに違いない。
それを知ったら彼は調子にのるだろうから、絶対に見透かされてはならないと、私はフンッと鼻を鳴らして座面に荒々しく缶を置く。
「遼くん、優しくしたいとか言っといて悪化してるし。うそつき」
「わかってないなぁ」
「え?」
「愛しているから優しくしたい。けれど、愛しているから優しくできない」
「あ、愛……」
「どっちにしてもガッツリ愛されてるんだから、いいだろ」
愛しているなんて、初めて言われた。
だから特別で意味深で、彼の唱えるパラドックスに永遠を感じる。
私たちはきっと、いつか家族になれると。
「不思議。私、あなたとの未来しか見えないよ」
「光栄だな。俺の家族は溺愛されすぎて忍耐が必要になるけど、了承してもらえる?」
私の左手に指先を絡めて微笑む彼に、私も微笑み誓いのように願いをかけた。
「たとえば傷つけ合うことがあっても、無条件で溺れるほど愛せるのは家族だから。そうでありたいな」
「じゃあ、そうしよう」
私の前髪を払った彼が額に唇を寄せるとフワリと煙草が香り、同時に、スッと冷たいなにかが小指をくすぐる。
ピクリとして左手を見ると、仕掛けられていたのは見覚えのあるフェミニンな指輪。
「これっ! 開封作業しながら、かわいいねって話してたの」
「仮予約しようと思っていたんだ」
「予約?」
こういうファンタスティックな企みなら大歓迎だと顔をほころばせたが、なんのことやら、よくわからない〝仮予約〟。
「俺の家族になってよ」
息をするのも忘れるほどフリーズした私は、意味を理解するまでに五秒かかった。
ぬくもりで貫く真っ直ぐな眼差しに、こんなに幸せでいいのかと自問するが、彼の言うその言葉は計り知れないものだと知っている。
拒む理由があるとすれば、地球が割れるときくらいだと自答した。
きらめく小指の隣の指を、彼の人差し指がトンッとやわらかに弾く。
「ここは、今度一緒に選びに……」
「私、これがいい」
「はぁ? さすがにそれでは格好つかないんだけど」
あと二秒もすれば、許容しきれなくなった瞳からは涙があふれる。
ざわめき揺れる私の心情を、彼は掬いサラリとすいた。
「こんなんで泣くなよ」
「だって」
だってあなたから、初めてもらった未来のカタチ。
きっといつかは案外早くて案外普通で、案外うれしい。
「遼くんのこと幸せにするね」
「それ俺が言うやつ」
「私の知ってる幸せ、全部教えてあげるから」
「期待してる。だけど、ひとりで作るものじゃないんだろ?」
「あ……」
「かよが言ったんだぞ」
困ったように肩をすくめ、あふれる私の目尻をこすり、涙をせき止めるがほんの束の間。
「ふたりで探していくのも、いいんじゃない?」
「っ、そんなこと言われたら、なおさら涙が止まらない」
「困ったな。……あっ、そうだ」
ポンポンと肩を叩いた彼が私の手を取り、耳もとで優しくささやいた。
「ほら、上を見て。きっと涙が止まるから」
「……え?」
まさか。でも、そういえば彼は。
「私もう、子供じゃないよ」
「だよな……、え?」
私たちが見たパチンと弾けるような、記憶の光。
手を握って一緒に見上げる先は、あのときのように涙でゆがんで輝く世界。
それは涙のプリズムを通った奇跡が贈る宝物。
ねぇ、虹のふもとで、キスをして。
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