闇喰いに魔法のキス《番外編》
「無理なら、今日はこのまま別れる。
それか、駅まで送る。」
ロディは、いつもと変わらない表情だった。
緊張している様子すら見せない。
…こんなに意識しているのは、私だけなんだろうか。
私は、軽くまつ毛を伏せた。
そして、小さな声で彼に答えた。
「…明日は非番だから、大丈夫。」
そう、呟くのが精一杯だった。
彼を直視出来ない。
「ん。そうか、よかった。」
ロディは、微かに優しい瞳をして
すっ、と私の手を取った。
…!
手を握ったのは、それが初めてだった。
というよりも、二人並んで歩くなんてことも初めてだ。
出会ってから今までの半年間は、向かい合わせで食事をしてきただけだもの。
…ロディの手って、こんなに温かかったんだ
私は、駅とは反対方向の、いつもロディが消えていく路地に向かって歩き出した。
ロディのコートのポケットの中では、私たちの手は繋がれたままだった。
****
「…ん、これ。前にミラが飲みたいって言ってたワイン。」
私は、ソファに座りながら
テーブルの上に置かれたグラスを見つめた。
…き、緊張する。
ロディの家は、綺麗なマンションの一室だった。
中はモノトーンの落ち着いた家具で統一されていたが、思っていたより片付いている…というより、殺風景だった。
「綺麗に片付いているけど…家具、少ないのね。」
「あぁ。ここにはあまり帰ってこないから。ゆっくり過ごしたりはしないんだ。」
へぇ…。
私は、ロディの言葉に少し躊躇しながら部屋を見回した。
…確かに、くつろぐ、っていう感じじゃないかも。
情報屋だし、家に帰らずに外泊することが多いんだろうな。
密かに女物の物がないか探してしまう。
…いつかの食事の時“今は一人だ”って言っていたけど、本当みたい。
まぁ、ロディは女慣れしているように見えて意外と誠実だから
彼女がいるなら私を家に呼んだりしないよね
…って、私は何を考えて…!
私は、一口だけワインを口にした。
ロディは、キッチンから自分用のグラスを取って来ながら私に言った。
「それ、美味いだろ。
今の俺の雇い主が副業で酒場を開くって言ってたから頼んで一本貰ってきたんだ。」
た、確かに美味しいけど…
今の私はそんなことを考えられないほど緊張している。
お店のテーブル越しにいたロディしか知らなかった私が、いつも彼が過ごしている空間にいる。
それが、まるで夢なんじゃないかって思えてきた。
その時、ロディがドサ、と私の隣に腰を下ろした。
ソファが小さく跳ねる。
…!
向かい合わせでしか座ることのなかったロディが、隣にいる。
私は、お酒をあまり飲んでいないのにも関わらず、身体中が熱くてしょうがなかった。
…今まで、付き合ってきた人がいないわけではないけど
タリズマンに入ってからは仕事一筋だった。
それに、ロディは私が今まで付き合ってきた人とは違う気がした。
何を考えているのか、全く読めない。