夢みるHappy marriage

「すいません、イトウフーズの桜井と申します」

突如、受付へ現れた濡れた女に、まるでマネキンのように形の整ったお顔のお姉さんに何者だと凝視される。雑誌に出てくるような綺麗な化粧に、美容室でセットしてもらったかのような髪型だ。

それに比べて、今の自分のみずぼらしい恰好に、恥ずかしさのあまり改めてかぁーっと顔が熱くなる。でもこの資料を渡しちゃえば、もう帰れる。

「……あの、どのようなご用件でしょうか?」

にこりとも笑いもせず、不審がる彼女。
オフィスの中からも誰だと、視線が集まり始めて更にいたたまれなくなってくる。
一瞬、受付の向こうにあるオフィスをチラ見して恐ろしくなった。

うちの会社とは全然違う。
皆、オーダーメイドのようなスーツを着こなし、髪型もビシっと決まった、エリート様集団って感じ。

……本当、場違い半端ない。
この場から早く立ち去りたくて、バッグの中から資料を取り出して渡す。


「あの、榊原さんにこの資料を渡して頂きたいのですが……っ」

「申し訳ありません、ただ今会議中でして。お急ぎの資料でしょうか?」

「は、はい、あのこの資料が必要で……っ」


受付でしどろもどろしている私に、聞き慣れた声がする。


「どうした?」

「あ、」

受付のお姉さんと同じく怪訝そうに雨に濡れた私を見る、榊原さん。
こんな姿見られたくなかったのに。


「傘はどうした?タクシーは?」

「と、途中で降られちゃって、タクシーも全然つかまんなかったから。か、会議間に合わないかと思って。でも資料は濡れてないから」

「そういうことを言ってるんじゃない」

咎められているような気がして、思わず視界が涙で滲む。


「ご、ごめんなさい」

こんな、みすぼらしくて。
もう恥ずかしくて、この場から消えてなくなりたい。


そうやって、縮こまる私の体に、不意に榊原さんのジャケットが羽織られた。
すっぽりお尻の下位まで覆われるサイズ感。


「えっ、いいよ、濡れちゃう」

慌ててスーツを返そうとすると、いつの間にか社長の後ろにいた片桐さんに資料を渡した。


「片桐、任せた」

「はいはい」

二つ返事でそう答え中へ戻っていく片桐さん。


「ま、任せたって、会議は?」

何が何やら分からず質問する私に、それには答えずに逆に質問される。


「仕事は?もう上がれるのか?」

「え?は、はい」

そう答えると、受付のお姉さんの方へ向かって、

「上のホテル、一室予約して」

と、耳を疑うような内容に、思わず唖然とする私。


「かしこまりました」

そう言って、電話をかけ始めるお姉さんに、慌てて榊原さんに言った。


「えっ、いいよ」

「いいから」

「でもっ」

そう言って食い下がらない私の肩を強引に抱き寄せる。そして今まで聞いたことのないような低い声で言った。


「黙って、言うこと聞け」


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