国王陛下は無垢な姫君を甘やかに寵愛する
翌日、ユリウスは甲板の上で隣の帆船に乗り込む島の人々を見ていた。

ルチアが現れるのではないかと思ったのだ。

しかしルチアの姿はなく、ほどなくしてバレージの帆船は出航した。

やはり具合が悪いのだとユリウスは確信すると、ジラルドを呼ぶ。

「いかがいたしましたか?」

「ルチアはいなかった。やはり具合が悪いのだろう。アローラに部屋の用意と医師を待機させていてくれ」
 
ユリウスは袖のボタンを留めながらジラルドに指示を出す。

「まさかここへ連れてくるおつもりですか?」

「そのまさかだ。彼女の具合が悪いとしたら、わたしのせいでもある」

「では、わたしもついて行きます」
 
島を国王がひとり歩かせるわけにはいかないと、ジラルドは歩きかけるが、ユリウスは首を横に振った。

「わたしひとりで大丈夫だ。あくまでもわたしはアドリアーノ候だからな」

「しかし、何かあったらどうなさるおつもりですか」
 
ジラルドの心配をユリウスは鼻で笑う。

「わたしが襲われるとでも思っているのか? 万が一襲われたとしてもわたしが負けるとでも?」

ユリウスは軍神とまで言われている美丈夫だ。

剣を持っていなくとも、かすり傷ひとつ負うことはないだろう。

「いえ……そのようなことは……」

ジラルドにもそれは十分承知していることだが、ユリウスのルチアへの関心が大きすぎるのが気になり、ついて行きたかったのだ。

「では、部屋の用意と医師を待機させておきます」

ジラルドは渋々承知し、ユリウスが甲板横に設置されている階段を身軽に下りていくのを見守った。
 
桟橋へ足をつけたユリウスは一昨日、ルチアが消えた方向へ歩き始める。
 
高い建物はなく、少し歩くと同じような形の小屋が点々としている。
 
ユリウスはそこで腰の曲がった白いひげをたくわえた老人がこちらへやって来るのを見て立ち止まる。この島へ来た日、挨拶に来た老人だ。

「アドリアーノさま」
 
老人はユリウスの目の前に来ると、地面に膝をつき頭を下げる。

「挨拶はいい」
 
ユリウスは老人の腕を支え立ち上がらせる。

「血相を変えてどうした?」
 
よく見れば老人は焦ったような顔つきだ。


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