あたしとお義兄さん
20.見えない敵



「……お義父さん?…」

 鈴子の頭の中には、しっかりとロマンスグレーのスーツ姿のオジサマが立っていた。

『良かった。何も、何もされていないよね⁉︎そこは何処だい?今すぐ迎えに行くからッ‼︎』

 切羽詰まった様なその声に嫌な予感が走る。
「お義父さん、落ち着いて。あたしは大丈夫ですよ?今は一也さんに朝食をご馳走になっているだけです」

『ち…ち朝食ゥ⁉︎な、な、な何でそんなモノ静馬の友達と食べてるんだいッ⁉︎』

 完全な脳に血が上って、大変な事になっている。
 それ程の取り乱し方に鈴子は額にシワを寄せて、前髪に指を入れて乱した。

「─────お義兄さんですね、ニュースソースは」

 こんな事なら息の根を止めとくんだった…。

 通話を切って携帯を渡すと、僅かに殺気立った一也が小さく呟いた。
「しかし、何で奴は直接あんたに掛けてこないんだ?…俺は面倒だから、静馬と非通知は拒否ってんだが」
「電源なんかもうとっくに落としてる。とにかく出ましょう。
 家は手が回っている可能性が高い、でしょうね。
 一也さん、この辺の駅で降ろして貰えますか?二・三日何処かに泊まってじっくり対策を考えてみます」

 ついてはカードから足が付きたく無いので、現金を貸してくれ、と親友の義妹に頼まれた一也は、彼女の実母にだけは連絡を付けてくれた。
 自分の携帯は念の為、電源を入れたくなかったから。

 一方、一也の方も鈴子が自分をこれ以上面倒に巻き込むまい、としているのが分かり、良心がシクシクと傷んだ。

「いや、やめた方がいい。静馬を甘く見るな。こうなったら、ヤツは何としてでもあんたを捜し出そうとする筈だ」

 咥え煙草のまま、ハンドルを切る一也の瞳は鋭い。

「俺の家はもちろん、女の所も駄目、行きつけも潰されてる筈だな…。───────後は…ん?」

 着信音がして、一也はBluetooth対応のワイヤレスマイクをONにして耳に掛けた。

「……だからよ、俺は誘拐なんざやってねぇっつーの‼︎─────あ?略奪愛もハーレク○ンも『卒業』も俺には一欠片の興味ねぇんだよ!」
 バンバン運転中なのに、ハンドルを叩く俺様系イケメン。
 察するに静馬がどうにかして、早速一也の家の者に手を回したらしい。

 ピ、と携帯を切った一也の目が、鈍く底光りし始めた。鈴子はちょっとコワい。


「ぶはひはっははは。売りやがったッ‼︎あの野郎、親友の俺をお手軽に売り飛ばしやがったぞォー‼︎」
 ……段々、ちょっと処では済まなくなってきた。

「そうか、俺を敵に回すかよ静馬!はははははは、おのれ可愛さ余って憎さ一万倍‼︎
 こうなったら、リンちゃん。俺は全面的にあんたの味方だぜ!静馬の馬鹿にゃ、あんたは勿体ねぇよ。どんな手を使っても、俺があいつの手の届かん所に逃がしてやらぁ!」

 何のあてがあるのか、一也は更にスピードを上げ、フェアレディを駆って行く。
 市街地を抜けたあたりでバイクの数が目立ち始めた。


「……一也さん、この辺は真昼間から暴走族が出るんですか?」


 ついには囲むまでに近付いてくる。

 一也は至って冷静にハンドルを切って加速し、囲みを突破すると、再び震えだした携帯のロックを外して、鈴子にスピーカーにさせた。
 同時に声音が変わった。腹の底から威嚇する様な、男の声。


「ああッ⁉︎今時『ゴッドファーザー』だとォ、俺を嘗め擦ってやがんのか、林田ァ‼︎」

 暫く応えは無かったが、ややあって戸惑った様な男の声がした。


『………怒り処はそこですか総長。つか、…俺だって、こんなこたしたく無かったですよ…』

 流れる様な景色の中、怒鳴りながらも一也の目は全方位に注意を払い、車の操作に余念が無い。

「総長言うなッ‼︎ヤンチャ止めてからお前も俺も何年経ってると思ってやがる!
 で、何で全部ウチのエンブレム背負ってる?
 こいつらまさか全員、後輩かよ⁉︎」
『しゃーないんスよ、副長たっての要請でしてね……言う事聞かないと、ホラ、今、女房つれの勤め先の会社の顧問でして。アノ人』

 俺も辛いんですよ、と言うトホホな呟きを打ち消す様に一也が叫んだ。


「やんのかァ、静馬────────ァッ‼︎」


 最早、助手席のシートベルトに縋る様にナナメになったまま、生きる力を失いかけた義妹を乗せた銀色の弾丸は、的確に目的地に辿り着こうとしていた。

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