あたしとお義兄さん
19.過去は波瀾万丈
一也はコーヒーのプラ蓋を爪でコツコツと鳴らした。
「そこまで言うからには何か、根拠はあるのか?」
己ではなく、誰か他人が語り掛けている様な手応えの無さだった。
「分かっていて、聞きますか?貴方」
鈴子は一也の瞳に苛立ちが過ぎったのを見逃しはしなかった。
紅茶を飲み干して、暖かい呼気を深呼吸するかの様に吐く。
「あたしはですねぇ、小学校の頃から痴漢に『追いかけ回される』事、過去二回。『空いた電車の車内』で隣の車両まで付きまとわれる事一回。
本屋の女性向けジュブナイルコーナーで背後に立たれる事一回。卑猥系の変態遭遇が過去三回。
て、経歴の持ち主でして」
ずい、と身を乗り出す。
「社会人になってからは、コンビニ店内で買い物をしていたら、カピカピになった女物のハンカチをあたしが落としたと、隣の市から家の駐車場まで追いかけてきた猛者なんかもいましたね」
下から見上げて、
「パチンコに行けば、斜め後ろにいた人からナンパされ、隣のビジネスマンからは身勝手に玉を貢がれた挙句に愛人契約を求められ、店員から声を掛けられる。
恋人を作れば、気楽な付き合いの筈が、夜何時に帰ってきたかをつぶさにチェックされ、あらゆる時間を束縛されました」
唄う様に語る彼女の目に、底光りする何かが瞬いている。
「ここまで言えば、あたしが如何にして自分の『ヤバいヒトセンサー』を磨き上げたかというのが想像つくでしょう?」
一也は目の前の、見た目のほほん系ぽっちゃり義妹の驚くべき過去に内心驚愕した。
赤目に染めた茶髪は天パらしく、緩くなで肩に波打っている。
瞳は子鹿の様に黒々と濡れて、鼻は低いが唇は小さくふっくらとして形が良かった。
つまり、全体が優しく母性的なのだ。
この瞳の顔の強さに気づかずに、黙っていればおっとりとしたお嬢さんに見える容姿だ。
見た目だけなら、『平凡な奥さん』になって当然の女だと思うだろう。
だが、平凡イコール万人共通、という事だ。
それは彼女が広い範囲での異性にとって『可愛い』という底の浅い印象を一方的に持たれ、無遠慮に興味を抱かせるという結論に通じる。
大体において、以前から彼女は静馬の言う通り優しく、お人好しだったのだろう。
それで、どうやら随分酷い目を見てきたらしい。
「21から27までずっと一人に縛られて、挙げ句の果てには『あたしが我が儘』だからと、ポイっと別れを告げられてお別れです。
…まあ、あたしも追うタイプではありませんでしたし」
まだ温かい紙コップを両手で包み、手の中のそれだけに視線を落とした鈴子は大きく息を吐いた。
「それからも寄ってくる男全て、何処かしら変な男性ばかりです。
──────あたしが平凡な人と穏やかな恋愛をしたい、っていうのはそんなに大それた望みでしょうかね?」
自惚れた風もなく、ただ淡々と事実だけを上げる親友の義妹に、実は一也はかなり同情し始めていた。
「静馬をその辺の痴漢と一緒にしねぇでくれよ」
吐き捨てる様に言ったつもりが、実はかなり語尾が弱まっていた。
「義兄が私以外のヒトを選ぶなら、人が羨む様な理想的な旦那さんになるんでしょうね。
……じゃあ、言いましょうか?」
カパン、と音を立てて、鈴子は空の紙コップを握り潰した。
「あたしが義兄と結婚したとします。
子供は夏になったらプールに行きたいと言いますね。もちろん保護者として付き添わなくちゃならない。
ですが、『あたし』は『水着』になれますか?」
体型的な問題では無い。問題はあの男だ。
「子供が小学生になりました。大体新入生の先生は若い新卒の先生です。
───────あたしは授業参観に行けますかね?」
年齢が問題なのでは無い。やはり、静馬の嫉妬が炸裂するだろう。
なんだか、この展開には覚えがあるなぁ…と、一也は脂汗を垂らしながら、素直に彼女の前で項垂れていた。
自分とて一癖も二癖もあると自負していたが、静馬のそれはグレードが違うのだ。
親友サイドにいた故に、彼女を獲ろと後押ししたが、為人を知らなかった頃なら未だしも、こうして向かい合って話をしてみると、彼女の未来を鑑みるに余りに不憫過ぎた。
ましてや、こんな過去を告白されては、一体どうしろと言うのか。
「どうもしなくていいです」
まるで心を読んだかのタイミングで、彼女は一也に言い放った。
「あたしは自宅に居ながらにして、ペットの様に一時間置きに監視システムのパソコンの前で手を振りたくも無いし、お買い物だってネットスーパー以外の選択肢が欲しい。それだけなんです。
助けて戴いておいてなんですが、もう…そっとしといて貰えませんか?」
一也はもうお手上げだった。
性格かッ‼︎─────それは唯一、静馬の弱点と言えるモノだった。
なんか無いんか、セールスポイント!性格以外に何かッ!
その時、天の助けとばかりに、一也の携帯がなった。
片手で義妹リンちゃんに断りを入れると、素早く出た。
「──────おじさん?随分と久しぶりですね。……は?」
数秒の合間に一也の気配が激変(´Д` )した。
黙って白くなった彼は、鈴子に携帯を渡す。
怪訝そうに受け取った彼女はそれに耳を当て、『あの…もしもし?』と通話先の誰かに声を掛けた。
「鈴子ちゃん、鈴子ちゃんだねッ⁉︎無事なんだね⁉︎」
一也はコーヒーのプラ蓋を爪でコツコツと鳴らした。
「そこまで言うからには何か、根拠はあるのか?」
己ではなく、誰か他人が語り掛けている様な手応えの無さだった。
「分かっていて、聞きますか?貴方」
鈴子は一也の瞳に苛立ちが過ぎったのを見逃しはしなかった。
紅茶を飲み干して、暖かい呼気を深呼吸するかの様に吐く。
「あたしはですねぇ、小学校の頃から痴漢に『追いかけ回される』事、過去二回。『空いた電車の車内』で隣の車両まで付きまとわれる事一回。
本屋の女性向けジュブナイルコーナーで背後に立たれる事一回。卑猥系の変態遭遇が過去三回。
て、経歴の持ち主でして」
ずい、と身を乗り出す。
「社会人になってからは、コンビニ店内で買い物をしていたら、カピカピになった女物のハンカチをあたしが落としたと、隣の市から家の駐車場まで追いかけてきた猛者なんかもいましたね」
下から見上げて、
「パチンコに行けば、斜め後ろにいた人からナンパされ、隣のビジネスマンからは身勝手に玉を貢がれた挙句に愛人契約を求められ、店員から声を掛けられる。
恋人を作れば、気楽な付き合いの筈が、夜何時に帰ってきたかをつぶさにチェックされ、あらゆる時間を束縛されました」
唄う様に語る彼女の目に、底光りする何かが瞬いている。
「ここまで言えば、あたしが如何にして自分の『ヤバいヒトセンサー』を磨き上げたかというのが想像つくでしょう?」
一也は目の前の、見た目のほほん系ぽっちゃり義妹の驚くべき過去に内心驚愕した。
赤目に染めた茶髪は天パらしく、緩くなで肩に波打っている。
瞳は子鹿の様に黒々と濡れて、鼻は低いが唇は小さくふっくらとして形が良かった。
つまり、全体が優しく母性的なのだ。
この瞳の顔の強さに気づかずに、黙っていればおっとりとしたお嬢さんに見える容姿だ。
見た目だけなら、『平凡な奥さん』になって当然の女だと思うだろう。
だが、平凡イコール万人共通、という事だ。
それは彼女が広い範囲での異性にとって『可愛い』という底の浅い印象を一方的に持たれ、無遠慮に興味を抱かせるという結論に通じる。
大体において、以前から彼女は静馬の言う通り優しく、お人好しだったのだろう。
それで、どうやら随分酷い目を見てきたらしい。
「21から27までずっと一人に縛られて、挙げ句の果てには『あたしが我が儘』だからと、ポイっと別れを告げられてお別れです。
…まあ、あたしも追うタイプではありませんでしたし」
まだ温かい紙コップを両手で包み、手の中のそれだけに視線を落とした鈴子は大きく息を吐いた。
「それからも寄ってくる男全て、何処かしら変な男性ばかりです。
──────あたしが平凡な人と穏やかな恋愛をしたい、っていうのはそんなに大それた望みでしょうかね?」
自惚れた風もなく、ただ淡々と事実だけを上げる親友の義妹に、実は一也はかなり同情し始めていた。
「静馬をその辺の痴漢と一緒にしねぇでくれよ」
吐き捨てる様に言ったつもりが、実はかなり語尾が弱まっていた。
「義兄が私以外のヒトを選ぶなら、人が羨む様な理想的な旦那さんになるんでしょうね。
……じゃあ、言いましょうか?」
カパン、と音を立てて、鈴子は空の紙コップを握り潰した。
「あたしが義兄と結婚したとします。
子供は夏になったらプールに行きたいと言いますね。もちろん保護者として付き添わなくちゃならない。
ですが、『あたし』は『水着』になれますか?」
体型的な問題では無い。問題はあの男だ。
「子供が小学生になりました。大体新入生の先生は若い新卒の先生です。
───────あたしは授業参観に行けますかね?」
年齢が問題なのでは無い。やはり、静馬の嫉妬が炸裂するだろう。
なんだか、この展開には覚えがあるなぁ…と、一也は脂汗を垂らしながら、素直に彼女の前で項垂れていた。
自分とて一癖も二癖もあると自負していたが、静馬のそれはグレードが違うのだ。
親友サイドにいた故に、彼女を獲ろと後押ししたが、為人を知らなかった頃なら未だしも、こうして向かい合って話をしてみると、彼女の未来を鑑みるに余りに不憫過ぎた。
ましてや、こんな過去を告白されては、一体どうしろと言うのか。
「どうもしなくていいです」
まるで心を読んだかのタイミングで、彼女は一也に言い放った。
「あたしは自宅に居ながらにして、ペットの様に一時間置きに監視システムのパソコンの前で手を振りたくも無いし、お買い物だってネットスーパー以外の選択肢が欲しい。それだけなんです。
助けて戴いておいてなんですが、もう…そっとしといて貰えませんか?」
一也はもうお手上げだった。
性格かッ‼︎─────それは唯一、静馬の弱点と言えるモノだった。
なんか無いんか、セールスポイント!性格以外に何かッ!
その時、天の助けとばかりに、一也の携帯がなった。
片手で義妹リンちゃんに断りを入れると、素早く出た。
「──────おじさん?随分と久しぶりですね。……は?」
数秒の合間に一也の気配が激変(´Д` )した。
黙って白くなった彼は、鈴子に携帯を渡す。
怪訝そうに受け取った彼女はそれに耳を当て、『あの…もしもし?』と通話先の誰かに声を掛けた。
「鈴子ちゃん、鈴子ちゃんだねッ⁉︎無事なんだね⁉︎」