ヒステリックラバー

山本さんが仕事の合間に頻繁にカフェに行っては店員の女の子を口説いていたことは知っていた。山本さんのようなチャライケメンに口説かれるなんて彼女が羨ましいような可哀想なような。

すでに酔っているだろう山本さんを見て私は複雑な気持ちになる。武藤さんが次長になるかもしれないと知っているのは恐らく私と武藤さんだけだ。武藤さんは山本さんの上司になる。同期の武藤さんに先に出世されたらショックかもしれない。あの二人は何かと比べられることが多かった。一方は不真面目そうな真面目さんで、もう一方は超がつくほど真面目なのだ。

「あ、武藤さんだ」

田中さんの声に思わず入り口を見た。仕事で遅れて到着する予定だった武藤さんがキョロキョロと会場中を見回している。
私も田中さんも、他の社員のほとんどが旅館の浴衣を着ているから、仕事をしていた武藤さんだけがスーツのままで浮いていた。乱れた髪が整った武藤さんの顔を引き立たせている。

武藤さんとは今まで以上に気まずくなってしまった。私が食事を断っているのがいけないのだけど、私は武藤さんに気がないのだからしょうがない。

「こっちですよー」

田中さんが無邪気に武藤さんを呼んだ。その親切さが彼女の良いところだけれど今は迷惑だ。どうか武藤さんがこっちに来ませんように。田中さんの声にこっちを見た武藤さんは私と目が合って一瞬眉が下がった。そして他のテーブルに座ってしまった。その態度にやっぱり武藤さんも私と関わるのは気まずいと思っているのだと確信する。

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